トミージョン手術の「権威」古島弘三氏インタビュー 成長期に不可欠な球数制限

[ 2021年2月27日 15:00 ]

古島弘三氏

 「月刊ポニーリーグ2月号」は館林慶友外科病院の医師で協会常務理事CMOを務める古島弘三氏にインタビューした。じん帯再建術(通称トミー・ジョン手術)の権威で、館林慶友ポニーの代表でもある同氏が、故障予防の観点から球数制限導入の意義を語った。

 ――19年10月に制定された「SUPER PONY ACTION PART1」では、故障軽減に効果が見られた。

 「実際のところ球数制限したところによる大会が、秋の大会ぐらいしかなかったので、その影響なのか、コロナで休む期間が長かったからか、実際は分からないのですが、おのおののチームで、監督、コーチに痛いと訴えた選手、病院に行った選手などは減っていると聞いています。コロナで練習をやっていない期間ができたので、球数制限の評価は今年度は難しいところとなってしまいました。いくつか球数制限の大会を経て年間を通してけが人が減ったと分かることが理想です。検診も緊急事態宣言で中止になってしまったので潜在的にけが人がどれぐらいいたかわかりません。5月16日のポニーフェスタで検診をやるということなので、学年が上がって障害が減ったと証明されれば、本物の予防効果と言えると思います」

 ――投球目安を1年60、2年70球、3年80球とした根拠は。

 「小学生の検診のデータがあります。練習時間と球数、試合でどれだけ投げたかの平均です。70、100で区切って、70以下、70~100、100以上で分けると、圧倒的に100球以上のケガ人が多い結果になりました。また球数が少なければ障害率も減っている傾向でした。学童に70球制限ができましたが、それでも障害は少なくなったとは思えません。試合だけ制限しても練習でたくさん投げれば意味がありません。中学生で硬式になって、ボールも重くなり距離も長くなります。中学1年生といってもまだ身体や骨は未熟です。小学生での障害に気づかないままの選手も多数います。今どきの小学生は冬に休むことのないままに中学に進学してきます。治す期間と予防を考えて60球。60ぐらいであれば、より障害は少なくなるとみています。練習でも制限を設ける必要があります。1週間の球数はそれぞれの学年で×3程度の数を目安にしました。1人の投手をたくさん長く投げさせるのを避けることが大事です。小学生の時に投手になりたくても投げられなかった子もいると思いますので、そういう子も発掘できればと思っています」

 ――大半のチームは土日のみの活動。仮に日曜日に試合が入れば、投球練習は土曜日しかできない。80球を投げるための取り組みは、投げることに特化するよりも、いろんなトレーニングをしていくべきか?

 「80球投げられる体力をつけなければならないという考えではなく、体力とか筋力は、中学生は誰でも伸びる時期です。他のトレーニングをすることがいいかもしれませんが、投げない方がいいからといって、走り込みや筋トレを推奨するものではありません。年間10センチ、2~3年間で20センチ以上伸びるので成長障害においては非常に危ない時期になります。骨が伸びているところで、靱帯、筋肉も引っ張られて背が伸びるわけですが、引っ張られる緊張にさらに力学的負荷をかけると骨に付着する部分で障害がおこりやすくなります。遠投の一発でも痛みを発症させるかもしれない、そういう時期なので、ケガをしないことがまず第一なのです。中学生で何球投げられる体力をつけるというのは、大事じゃない。骨の成長の差は個人個人で違うので難しいですが、指導者は大多数の選手の障害を予防するのが大前提となります」

 ――古島氏が代表を務める館林慶友ポニーはどのように投手を育成しますか?

 「投手だから常にピッチング練習しなさいと言うのはありません。それは自主練のなかで個人が取り組んでいくものの一つとしています。練習はローテーションメニューで、時間で区切って回していきます。守備練習、打撃練習のその間に、自分が投球練習をしたければ自主的にする、そのくらいなものです。投げすぎもよくありませんが、投球フォームを固めてしまうことも害であると思っています。誰もが投手をできるように、小学生の時投手経験がなくても各選手にチャンスを作ってあげます。そのためにキャッチボールの中でいくつかポイント(ボールの握り方、コッキングフェーズでの手の位置、球の回転の意識など)を教えておきます。短い距離で正確に相手の胸へしっかり投げることを心がけるよう話しています」

 ――その際に注意すべき点とは。

 「投球解析の研究でさまざまな論文が出ており参考にしています。障害予防を主としながらパフォーマンスアップにどうつなげていくかを考えています。今はまだ中学生ですから速球を求めることはしません。まずは体の柔軟性(股関節・肩関節・肩甲骨・胸椎など)を最重視しています。パフォーマンスを引き出すためには絶対に必要です。選手には必ず開脚で胸が床につくようにしておくことをいつも口酸っぱく言っています。次に投球動作の中でのポイントです。右投手であれば、左足を上げたときに右ひざをまっすぐ意識しておくこと、足を踏み出す時に足の方向がホームの方へ、左足が着地したときに右手は頭の後ろに持ってきておくこと、ボールが縦回転するよう腕を振ることなど意識するということです。その間の動きに関しては個人の動かしやすい動きでかまわないと言っています」

 ――捕手も肘を壊す可能性がある。

 「ポジション別において肘の障害率は、捕手は投手と同じくらいの割合でみられることがわかっています。小学生の全国大会で5、6年生720人の肘検診の結果があります。投手、捕手、野手で分けてみると、投手捕手兼任では6割以上の障害の既往率であり、投手および捕手の肘障害の既往選手は同じくらいで5割以上、野手でも4割弱の選手が肩ひじ痛の既往があります」

  ――故障予防の観点から変化球についての考察は。

 「1年生の間は禁止しています。2年生でも試合で無理して変化球を投げなくていいと言っています。変化球の習得はまずチェンジアップからと考えています。指を抜いて投げる感覚が持てることで他の変化球を習得するときに役立つからです。腕の振りもストレートと同じになるのでケガもしにくい。スライダーやカットボールは中学生では肘を壊す一番の要因ですので試合では禁止しています。3年生になればカーブを許可します。まずはチェンジアップを投げられたら、他の球種もすぐにうまく投げられるから変化球は焦らなくていいと言っています」

 ――球数制限の導入は指導者の意識改革にも期待できる。

 「球数制限することで選手の肘障害など気にしなかった指導者が気にするようになることもあるでしょう。制限を入れたら普段の投球練習から球数を考えて投げるようになると思いますし、障害既往率は低くなっていくでしょう。一生懸命野球の練習をがんばっているのに肘を痛めてしまうのが怖いのです。球数無制限の状態では、いい投手がどんどんケガで離脱していってしまいます。最後に残っていくのは小学校、中学校で投げる機会がたまたま少なかった選手です。成長期選手の肩ひじ障害はルールで大人が守ってあげる必要があります。他のスポーツでも成長期のスポーツ障害予防の観点から、タックルなしのタグラグビー、サッカーはヘディング禁止、試合時間の短縮化などルールでケガの発症を予防することです。また一方で、スポーツマンシップに基づくフェアプレーの精神もケガを予防させます。野球では、ファールで粘って球数を投げさせるとか、バントの構えで疲れさせるとか、球数制限の話が出たときに多くのフェアプレーとは程遠い議論が巻き起こりましたね。試合がつまらなくなるとか、勝てなくなるとか、選手ファーストの目線には全くなっていませんでした。これだけ障害が多い。今まで、何も対策をせずにきたからどんどんと少子化以上に野球人口が減っている。人数が減ったことで、低学年から試合に出ることになり、6年生と同じ負荷、同じ時間練習をして、まだ成長が未熟な時期からケガをしてしまって悪循環になっています。世界標準的な考え方では、指導者は選手にケガをさせないために存在しているという立場です。それが第一でありすべてです。10年以上前から学童野球の指導者講習をやっているが、なかなか理解が乏しい方々もいらっしゃる。2、3割くらいの指導者は「そんなんじゃ勝てるわけない」という人がまだいる。一方で、子どもの野球障害について理解のある監督もたくさんいる。そのような良き指導者の立場を球数制限は守ってくれる。いい投球をしているとなかなか投手を交代できなくなってしまいますから」

 ――館林慶友の日曜日は3時間程度しか練習をしていない。

 「逆の発想から入っています。制限時間がないと時間的効率は悪くなります。3時間で効果的かつ効率的な練習を考えることが大事です。では、どうしたらいいでしょうかと。通常のシートノックでは、1人に飛んでくる球数なんて少ない。それよりはコロコロの手投げゴロで打球への入り方、足の運び方、どう捕球して、素早く投げるかのほうを重視しています。実際にはプレジャンプをしてボールに回り込んで捕球して素早く持ち替えて投げる動作を行いますが、ボールは強く投げていません。また、我々のキャッチボールは12~15分くらいにしています。まずは瞑想1分。そのあと声を出さずに集中して、1球1球投げることを意識するようにしています。暴投をすると投げる球が減ってしまいますから、集中して投げなければなりません」

 ――遠投について。

 「遠投は目的を考えて行わないと肩肘を痛めるリスクが高い練習です。私は小中学生には必要ない練習と思っています。動作解析の論文もありますが、遠投で距離を投げるために行うことは上に向かって投げることになり、体幹、股膝肩肘関節すべてにおいてマウンドから投げる時の地面との角度がかなり異なっています。その状態で強い球を投げることは関節に負担がかかりますので、肩を強くするという目的では絶対にやらない方がいいと思います。我々のチームでは、40メートルを5球程度5、6割の強度で、距離感を養うための練習としています。硬式ボールやソフトボールで、違う重さのボールを使っても距離感を出す感覚を養うために行っています」

 ――19年のチーム結成後、早くも成果を出している。

 「選手には今はまだ勝たなくていいと言っています。一人、一人みんなの技術が向上すれば勝手に勝つからねと。試合では勝っても負けても成功と失敗を繰り返す機会が多いことが一番成長すると考えています。我々のチームはすべてノーサイン、バントはしないで思いっきり打っていく。みんなホームラン狙ってもいいと言っています。投手のローテーションは投手ができる選手たちに任せていますし、打順も守備もすべて決めてもらっている。選手たちが考えたオーダーでやりくりしています。選手自身が考えることが成長につながります。考えられるようになっていくと、もうこちらからアドバスしなくても勝手にうまくなっていってしまいますね。それが成果でしょうか。そうなると指導者は楽できますよ」

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