大谷と花巻東同期・小原が米挑戦!日本製紙石巻退社へ 2月複数球団でテスト

[ 2019年12月15日 06:30 ]

11年夏の甲子園、帝京との初戦で先発した小原(左)。頼れる“怪物”大谷にボールをつないだ
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 エンゼルス・大谷翔平投手(25)の花巻東時代の同期だった日本製紙石巻・小原大樹投手(25)が米球界に挑戦することが14日、分かった。現在、都内近郊でトレーニングを行っており、スポニチ本紙の単独取材に応じた。今月いっぱいで同社を退社し、来年2月にメジャー複数球団のテストを受験する予定。年明けから米国で母校の先輩であるマリナーズ・菊池雄星投手(28)と合同自主トレーニングを行う。

 覚悟を決めた男のまなざしだった。社会人3年目を終えた25歳。大谷の背中を再び追って、小原は退路を断つことを明かした。

 「プロ野球選手になる夢をかなえるために社会人3年目で“線”を引かないといけないと思った。大リーグのマイナー契約を勝ち取りたい」

 花巻東時代は、高校生史上初となる160キロを計測した大谷に次ぐ2番手だったが、2年夏の甲子園では帝京との初戦で先発を任された。卒業後は慶大、日本製紙石巻へ進んだ。ただ、思うような結果を出せなかった。今秋のドラフト会議では指名漏れした。

 今夏、かつて大谷と汗を流した母校を訪れた。恩師である佐々木洋監督に年内で退職し、国内独立リーグからプロを目指す意向を伝えたところ、「会社を辞めるリスクを背負えるなら、今後の経験にもなるし、米国に挑戦したらどうか」と提案を受けた。「米国という選択肢はそれまでなかった」。考え抜いた末、渡米を選んだ。

 花巻東の3学年先輩となるマリナーズ・菊池にも報告した。「勇気ある決断をバックアップさせてほしい」と激励され、来年1月から米アリゾナ自主トレへの同行も決まった。

 大谷からは「通用するか、しないかではなく、自分のスタイルを貫くべき」と背中を押された。滑りやすいとされるメジャー球には「自分で感じてほしい。試行錯誤を繰り返せば、プラスになる」と助言も受けた。

 「上に行くためにどうしたらいいか」と今春から横手に腕を下げた。シュート気味に食い込む直球は最速145キロを誇り、変化球も多彩。1カ月前に購入したメジャー球は投げ込みで真っ黒だ。
 「“日本で活躍できていないのに何考えてるの?”と言われるのは当たり前。常識にとらわれず、今できる最善を尽くしたい」。来年2月にはメジャー複数球団のテストを受ける。菊池、大谷を生み出した花巻東の魂を受け、小原の挑戦が始まる。(柳原 直之)

 【小原大樹プロフィル】
 ☆生まれ&サイズ 1994年(平6)9月9日生まれ、岩手県滝沢市出身の25歳。1メートル80、85キロ。左投げ左打ち。
 ☆球歴 滝沢東小4年時に「上田バンビーズ」で野球を始め、滝沢第二中では「盛岡北リトルシニア」に所属。花巻東を経て、慶大、日本製紙石巻に進んだ。
 ☆球種 直球、カットボール、スライダー、チェンジアップ、シュート。
 ☆社業 日本製紙石巻では総務課に所属し、午前8時30分から午後5時まで社業。エクセルを駆使し多種多様な資料作成を任されていた。
 ☆目標の選手 日本ハム・宮西、楽天・高梨。関係者を通じて連絡を取った高梨からは「抜ける球でもシュートが生かせる」とサイドスローで投げる際に助言を受けた。

【球歴】
 ☆花巻東 2年夏の甲子園は背番号「14」、3年春のセンバツは背番号「12」でベンチ入り。2年夏の初戦、帝京戦では先発し、4回途中5失点で、2番手・大谷が救援。7―8で敗れた。
 ☆慶大 救援や先発で活躍。4年春の法大戦で5回2失点に抑え、リーグ16戦目にして初勝利を挙げるなど通算2勝。弟・和樹(4年)も慶大でプレーし、二塁手でベストナインを獲得するなど活躍。来春からアナウンサーとして入社が内定。
 ☆日本製紙石巻 1年目の17年に都市対抗野球、日本選手権に出場も登板なし。今秋の日本選手権東北最終予選、七十七銀行戦で先発も4回1失点でチームは敗れ、日本選手権出場を逃した。

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