バズれ、彗星ジャパン!ハンド男子・土井レミイ杏利は人気TikToker「にわかでいい。競技を見て」

[ 2020年1月14日 09:00 ]

2020 THE PERSON キーパーソンに聞く

日の丸を背にするハンドボール日本代表主将・土井レミイ杏利(撮影・篠原岳夫)
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 ハンドボール男子日本代表“彗星(すいせい)ジャパン”は、開催国枠で32年ぶりの五輪に挑む。主将の土井レミイ杏利(30=大崎電気)は、強豪の仏リーグでプレー経験がある実力者であると同時に、ショート動画配信アプリ「TikTok(ティックトック)」で18万人以上のフォロワーを持つ人気ティックトッカー「レミたん」でもある。ハンドボール界に新たな風を吹き込むその両極端な素顔に迫った。

 パリでフランス人の父と日本人の母の間に生を受け、3歳から千葉県多古町で育った「パリ生まれタコ育ち」の土井が、ハンドボールの境遇を変えつつある。キャラクターの顔まねに、あるあるネタ。持ち前の笑いのセンスで投稿される「レミたん」の動画にハンドボール要素はほとんど入っていないが、根底には競技発展の思いがある。

 「マイナーなスポーツって、選手たちがSNSとかブログで投稿しても結局その関係者しか見ないんです。分母は増えない。でも面白いと思ってプロフィル見て“この人、日本代表でハンドボールやっているの?”ってなったら、知ってもらえるじゃないですか」

 友人の勧めをきっかけに当初は仲間内だけで楽しんでいたが、ある一つの動画が一躍話題となってフォロワーが急増。その爆発力を体感し、「ハンドボールという枠の外の人」を引き込む目的に一変した。一見すると「ただふざけている面白い外国人」だが、選手としての土井は数多くの苦難を乗り越えてきている。

 小学3年で競技を始め、常にトップクラスでプレーしてきた土井は、日体大を卒業した12年に一度現役を引退している。4年生の序盤で負傷した左膝の完治が見込めず、「ハンドボールを愛しているからこそ」中途半端には続けられなかった。引退を決意した日は「部屋の中のものを全てぶっ壊した」という。「道を失った」苦しみは想像以上だった。

 競技をやめた自分に「何も残っていない」ことを知り、まずは語学留学で自身のルーツがあるフランスに渡った。引退して半年ほどたったある日、「ロマンチックなストーリー」と振り返る一つの奇跡が起こる。「膝が痛くないんです」。すぐに趣味程度で競技ができる環境を探した。そこで紹介されたのが、五輪メダリストが多く所属する強豪・シャンベリーのセカンドチームだった。仏3部でシーズンを終え、予定通り帰国の準備をしていた13年6月、さらに「震える」話が飛び込んでくる。トップチームとのプロ契約だった。

 隣で靴ひもを結んでいるのはテレビで見ていたロンドン五輪の金メダリスト。そんな「シンデレラストーリー」にも苦悩はあった。当初、土井がチームメートから呼ばれた「シントック・ドゥ・メルド」はアジア人に対する差別用語の中でも最低のスラング。日本では良しとされる謙虚さや相手を敬う姿勢が「頼んだら何でもやってくれる召使い」に捉えられていた。練習でパスが回ってくることもない。「このままだと終わる」と思った。

 1年目のウインターブレークで原点に立ち返った。「努力は夢中に勝てない。ハンドボールは楽しいものでしかない」。休みが明け、呼びかけられた差別用語にジョークを上乗せして笑いを取り、自ら輪に入った。徐々に打ち解け始めるとパスも回ってくるようになり、シーズン終盤は試合に起用されるまで溶け込んだ。そして翌シーズンは、チームでただ一人全試合フル出場を果たした。

 土井は昨夏、シグルドソン代表監督の誘いもあり、日本でのプレーを選択して大崎電気に加入。時期が異なる仏リーグでは代表活動に毎回参加できなかったが、日本にいれば本場の欧州で感じたプロ意識の差を「長い時間をかけて変えられるんじゃないか」と思った。毎週のメンタルトレーニングに加え、最も効果的な言葉を選んで意識付けし、監督と選手との橋渡しをする。メンバーの精神的成長と結果は比例した。同時に「日本に来て一気にフォロワーが増えた」というティックトックで、ハンドボールの裾野も広がり始めた。

 昨年のラグビーW杯で話題になった「にわかファン」。土井のフォロワーも「ルールは分からないけど見に行きたい」という言葉とともに、実際に試合やイベントまで足を運ぶ人が増えた。「目指したことが形になってきた。にわかでいいんです。見てくれたら僕は絶対の自信があります。ハンドボールが面白い競技だって」。彗星ジャパンの中心にいる魅力的なキャプテンが、東京での躍進とハンドボール界の明るい未来を予感させた。

 ◆土井レミイ杏利(どい・れみい・あんり)1989年(平元)9月28日生まれ、千葉県多古町出身の30歳。生まれはフランス・パリ。浦和学院高―日体大。小学3年時に兄と妹の影響でハンドボールを始める。仏1部シャンベリーで13―14年シーズンから4季プレーし17―18年は2部のシャルトルに移籍。翌シーズンは1部昇格を果たした。17年は仏リーグのオールスターに選出。19年7月から日本リーグの大崎電気に加入。1メートル78、80キロ。

 ▽TikTok(ティックトック)中国のバイトダンス社が運営するスマートフォン向けの短編動画アプリ。15秒から1分の動画を音楽や音声に合わせて撮影、加工して投稿する。日本には17年に本格進出。中高生を中心に人気を集め、18年の流行語大賞にノミネートされた。昨年までに累計15億ダウンロードを突破。アイドルグループの嵐や人気俳優のウィル・スミスも利用を始めた。

 《若手の台頭に監督も手応え》男子日本代表は16日からアジア選手権(クウェート)に挑む。強豪のオーストリア、ドイツを率いてきたシグルドソン監督は「トップ4に入って(21年の)世界選手権の出場権を獲得すること」を掲げると同時に、88年ソウル大会以来の五輪を「アジア選手権を経て我々の立ち位置が分かる」と見据えた。

 17年に就任した指揮官は「プレースタイルが確立してきた」と手応えを語る。昨年1月の世界選手権は全敗も強豪国と互角に戦い、6月の日韓戦では3年ぶりに韓国を下した。就任当初からこだわって招集してきた若手の成長も要因の一つだ。

 その中の一人、パキスタン人の父と日本人の母を持つ部井久アダム勇樹(20=サラン)は17年に史上初めて高校生で代表デビューした逸材。18年からは仏リーグでプレーし、「強度もやっていることも全て違うことだらけ」の厳しい環境に身を置く。「国内でやっている時は武器だった」という1メートル94の高さやパワーが通用しない分、「技術的な部分やプレーの質が上がってきた」と実感。五輪に向けて着々と力を付けている。

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