米国の「国民的雑誌」が迎えた危機 スポイラが激震!

[ 2019年10月5日 09:00 ]

1998年のスポイラ・ジョーダン特集号(スポニチ所有)
Photo By スポニチ

 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】運動をする前にすることと言えばストレッチ。基本的な準備運動だ。「Stretch」とは手足が伸びている状態。そして競馬ではゴール目前で馬が脚を伸ばして全力で駆けていく様子から、最終コーナーをストレッチと呼んでいる。

 陸上競技でゴール直前の直線部分はホーム・ストレッチ。これが発展して「Down the stretch」となると、ある一定期間の最後の部分を指すようになり、スポーツではシーズンの終盤戦を、そして1試合単位の中で使えば土壇場という意味になる。

 私が学校で習わなかったこの言葉を知ったのは1987年。初めて米国に特派員として滞在したときだった。テキストがあったわけではない。空港のショップで買ったある雑誌の中にあったからだった。

 記事はNBAに出現した新たなスーパースターに関してのもの。そこには「Michael Jordan」という名前があった。その記事にあったのが「自分の役目は“Down the stretch”で得点を重ねること。その場面ではもっとも集中している」というジョーダンのコメント。私はすぐに「どこで得点するんだ?」と首をひねり、意味をすぐにはつかめなかった。

 持っていた小さな辞書を引いたが「Stretch」はあっても「Down」のついた慣用句は載っていない。ただ前後の文脈からなんとなく「土壇場」という雰囲気が感じられたので、取材現場で米国の記者に尋ねてようやくそれが「一番大事な場面」ということがわかった。

 求めた雑誌の名前はスポーツ・イラストレイテッド。米国では「SI]、日本では「スポイラ」と呼ばれ続けている専門誌だ。1954年の創刊でジョーダンはこの雑誌の表紙を50回も飾っている。インターネットがなかった1980年代にはスポーツ記者にとってはまさに仕事上の“聖書”のような存在。私はこの雑誌の中から選手の考えや、英語での表現方法を学び、さらに専門的なデータを得て自分が書く原稿の題材にもした。

 そんな米国の「国民的雑誌」がピンチに陥っている。3日になって編集長を含む40人以上の記者とスタッフが解雇されたことが報じられ、業界内に衝撃が走った。

 人気のある雑誌ではあるが、ここ数年、経営環境には恵まれていなかったようだ。親会社が別の会社に買収され、さらに買収したその会社は、実際に紙媒体として発行する権利を持った会社と、ブランド名を利用して別のビジネスを展開する会社にスポイラを切り売りしてしまった。するとメディア系でもあった発行会社は、すでに自社が抱えていた200人のスタッフをスポイラ担当に配置換えするために、古参の記者たちを追い出したのだ。

 「ローカル・スポーツを拡充する」というのが名目になっているので、これまで花形のプロスポーツ界の最先端で取材していた一線級の記者は不要とでも思ったのだろうか?もともとスポイラを作ってきたスタッフは総勢160人。その4分の1を一気に解雇し、さらにその数を広げようとしていると伝えられているので創刊以来、もっとも厳しい局面と向かいあっているといってもいいだろう。

 ビジネスは自由だ。しかし紙媒体としてのスポイラと、「ローカル」ではなく「ナショナル」のスポーツを全面的に押し出しているスポイラがもしなくなってしまうのであれば残念でならない。

 「ソウル・フード」があるなら、人間の生活には「ソウル・マガジン」だってある。毎年恒例の水着特集も消滅?米国のカルチャーの一部が今、曲がり角に差し掛かっている。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

続きを表示

2019年10月5日のニュース