稀勢時代つくる 「第二の故郷」栃錦ゆかりの地・小岩に誓った

[ 2017年1月29日 08:59 ]

<稀勢の里関優勝報告会>大勢の子供たちを前に笑顔の稀勢の里。右端は田子ノ浦親方
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 新横綱・稀勢の里(30)は28日、所属する田子ノ浦部屋と同じ東京都江戸川区東小岩にある小岩小で行われた優勝報告会に出席した。小岩地区は栃若時代で一世を風靡(ふうび)した第44代横綱・栃錦が生まれ育った場所で、稀勢の里は「第二の故郷」と考えていることを明かした。優勝10回を誇る横綱のゆかりの地で、新たな歴史をつくっていく。

 フィーバーはとどまるところを知らない。田子ノ浦部屋から約900メートルの場所にある小岩小の校庭には、新横綱を一目見ようと地域住民ら約4500人が集まった。前日の明治神宮奉納土俵入りは史上2位の1万8000人が大挙し、地元でのイベントも消防法の収容人員ぎりぎりの数に及んだ。その光景を目の当たりにした稀勢の里は思わず「凄い」とつぶやいた。あいさつでは「声援に応えられるよう一生懸命稽古をして、横綱の名を汚さぬよう精進してまいります」と誓った。

 稀勢の里は先代師匠の元横綱・隆の里が千葉県松戸市に起こした鳴戸部屋に02年に入門。11年11月の先代師匠の死去後は元幕内・隆の鶴の現師匠が部屋を継ぎ、田子ノ浦への名跡変更とともに13年12月に東京都墨田区の旧三保ケ関部屋の施設に移転。現在の部屋が完成した14年12月から小岩が拠点となっている。この地は「名人」と呼ばれた栃錦の生まれ故郷で、JR小岩駅には銅像が置かれている。茨城県出身の稀勢の里は2年あまりの小岩生活ながら「第二のふるさとのような感じ」という。先輩横綱の存在を受け止めながら「地域貢献。もっと頑張らないといけない」と小岩で新たな横綱の歴史をつくる覚悟を示した。

 報告会では小岩小の児童との質疑応答があった。「稽古で苦しい時にはどうやって乗り越えたか」と聞かれると「稽古はウソをつかない。稽古をした分、自分に返ってくると信じてやった」と答えた。それは児童へのメッセージであるとともに、今後も変わらず稽古にまい進していくという決意の表れでもあった。

 奉納土俵入りでは“土俵の鬼”と呼ばれた第45代横綱・若乃花の化粧まわしをつけて土俵入りを披露し、栃錦の故郷での報告会。19年ぶりの日本出身新横綱には、偉大な先人がついて回る。

 ▽栃錦像 90年12月に、JR小岩駅内の券売機近くにブロンズ像が建立された。栃錦が横綱だった58年ごろの雲龍型の土俵入りを模したもので、せり上がりの姿をかたどった。背面には年表が記載されている。今でも待ち合わせのメッカとなっており、江戸川区の公式サイトでも写真入りで紹介されている。

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