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【コラム】金子達仁

美しいサッカーの遺産を食いつぶしている

[ 2016年10月8日 08:00 ]

W杯アジア最終予選 ( 2016年10月6日    埼玉 )

試合中に叫ぶハリルホジッチ監督
Photo By スポニチ

 劇的な、あまりにも劇的な山口の決勝ゴールでさえ、たまりにたまった不満、鬱憤(うっぷん)を霧散させてはくれなかった。胸の奥底には、いまなお苦い失望感が残る。

 ハリルホジッチ体制になって最高の試合、それは2次予選直前に行われたイラクとの親善試合だとわたしは思っている。あの時の日本は、本当に美しかった。ザッケローニが作り、アギーレが引き継いだ流れをそのままに、新監督のエッセンスも加わっていた。

 だが、最初から最後まで相手を圧倒し続けた試合から1年4カ月後、ハリルホジッチのチームは同じイラクを相手に「ドラマチックな」勝ち方しかできないチームに成り下がっていた。

 選手たちのコンディションがよくなかった、という面は確かにあっただろう。予想通り、明らかに試合勘を鈍らせてしまっている選手も何人かいた。とはいえ、そこが苦戦した最大の要因かと言われれば、わたしは違うと思う。

 では、イラクがよかったのか?それも違う。今年4月に監督になったというラディは、あの“ドーハの悲劇”の当事者の一人であり、アジア屈指の頭脳派リベロだったが、監督としてはほとんど驚きを与えてはくれなかった。せいぜい、チームが1年前よりも勇気を持っているな、と感じさせてくれたぐらいで。

 なぜ日本は大苦戦を強いられたのか。グラウンドレベルで答えを探すならば、「ダイレクトパスが激減したから」ということになる。そして、その理由はと問われれば、こう答えるしかない。

 遺産を食いつぶしたから。

 ハリルホジッチが監督に就任した直後の日本には、まだ前任者のサッカーの影響が色濃く残っていた。決定力に問題はあったものの、そのサッカーの質は「掃き溜(だ)めに鶴」と言ってもいいぐらい、アジア・レベルではずばぬけていた。

 だが、当初は前任者の流れを踏襲していくとみられた新監督は、徐々に違った方向へと舵(かじ)を切っていった。流れるようなパスワークはどんどんと影をひそめ、相手にならないほど大きかったイラクとの実力差は、ホームであっても引き分けかねないほどに詰まってしまった。

 いまの日本代表は、決定力不足ではなく、攻撃力不足である。多くの好機をつくり出す能力を持ちながら、しかし決めきれないというチームは、そもそも好機自体がつくれないチームへと変わり果ててしまった。

 言ってみれば自作自演のドラマチックな勝利によって、ハリルホジッチ監督の首はひとまずつながったということになるのだろう。だが、長い目でみた場合、それが日本にとって吉なることなのか、わたしにはわからない。予選が進むにつれ、どんどんと遺産は減っていく。美しい日本代表、日本人以外にも訴求力を発揮できる日本代表は、どんどんと遠ざかっていく。

 あの内容であっても、勝てば狂喜できる監督がチームを率いている限り。(金子達仁氏=スポーツライター)

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