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勝敗はどうでもいい。チームの哲学が見えない

<日本・韓国>後半、追加点を奪えぬプレーを見ながら、足元にあったものを蹴飛ばすハリルホジッチ監督
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東アジア杯 日本1―1韓国
(8月5日 中国・武漢)
 目の覚めるような一撃、という表現があるが、山口の同点弾ぐらい、この表現にふさわしい一撃はなかった。言うまでもなく素晴らしいシュートではあったが、それ以前に、試合が信じられないほどに退屈だったからである。あのシュートが決まるまで、視聴者が闘っていたのは韓国ではなく睡魔だったのではないか。少なくとも、わたしに関してはそうだった。

 大会が始まれば言い訳はしないはずだったハリルホジッチ監督は、北朝鮮戦の後に前言を翻した。本人からすれば言わずにはいられなかったのかもしれないが、対マスコミという視点から見ると、これは完全な失敗だった。比較的好意的に見ていたメディアまで、一気に批判的なスタンスをとるようになったからである。

 監督としての経験は豊富なハリルホジッチ監督だが、メディアに囲まれた経験となると、ミランなどビッグクラブでも指揮をとったザッケローニにはかなわない。過激な自国のメディアと対(たい)峙(じ)してきたアギーレほどでもない。主力のいない、W杯とは無関係な試合の敗戦など関係ない、とふんぞり返っていればよかったのだが、そんな余裕はなかったらしい。

 苦境でこそ、その人の人柄なり信念はよく見える。

 彼は勝ちたかったのだろう。どうしても、なんとしても勝ちたかったのだろう。そして、そんな状況で彼の選択した戦い方は……徹底してボールを保持するサッカーではなく、前線から圧力をかけまくるサッカーでもなく、じっくりと自陣に引いて構えるサッカーだった。

 それが間違っている、というわけではない。世界の監督100人に問えば、同様の答えを選ぶ監督が50%を超えるかもしれない。

 だが、だとしたらなぜハリルホジッチ監督が選ばれたのか。

 わたしには、まったくわからなくなってしまった。

 日本が韓国に勝てなかったことならば、これまでに何度もあった。だが、日本がボール保持率で劣勢だった記憶はあまりないし、そもそも、日本がボール保持率を高めようとしない試合などは、近年、皆無だった。

 監督が代わるごとにサッカーも変わるのが、これまでの日本だった。その反省を受けて選ばれたのがアギーレでありハリルホジッチだったはず。だが、善しあしはともかく、この大会で見えてきたことがある。

 現監督は、前任者たちの系譜を受け継ぐものではないらしい。

 ザックのチームは、誰が出ていてもザックのチームだった。グアルディオラの率いるチームが、どこであっても同じ香りを漂わせているように。

 だが、今回の日本代表に、本田たちがプレーするチームとの共通点を見つけることは難しい。正直、勝敗はどうでもいい。チームの哲学が見えなくなったのが、わたしには一番残念である。(金子達仁氏=スポーツライター)

[ 2015年8月6日 05:30 ]

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