【コラム】金子達仁

ジョホールバル以来 忘れられない試合が、また一つ、生まれた

[ 2021年10月13日 08:00 ]

W杯アジア最終予選B組   日本2-1オーストラリア ( 2021年10月12日    埼玉スタジアム2002 )

<日本2-1オーストラリア>前半、田中(中央)がゴールを決め、喜ぶ日本イレブン (撮影・光山 貴大)
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 忘れられない試合が、また一つ、生まれた。

 アジアにおける日本代表の戦いで、こんなにも感情を揺さぶられたのは97年11月16日、あのジョホールバル以来だった。FKを直接叩き込まれた際の絶望感は、アリ・ダエイに勝ち越し弾を食らった時に似ていた。浅野のシュートのこぼれ球がゴールネットに向かっていくさまは、岡野雅行のスライディングがスローモーションに感じられたのに似ていた。

 苦境に立たされたチームが、それまで自分たちがやってきたスタイルをかなぐり捨て、内容度外視のサッカーに転じることは珍しくない。だが、久しく味わったことがないほどの窮地に立たされた令和3年の日本代表は、ブレなかった。途中追い詰められ、主導権を手放しかけた時間帯もあったが、それはオーストラリアの反発力が素晴らしかったからだった。

 よくぞ、勝った。

 何といっても大きかったのは、田中碧の先制点だった。南野からのパスは、まずDFに当たってコースを変え、かつ田中の直前でもう一人のDFがインターセプトに飛び込んでいた。受ける側からすれば、突然ボールが来たので、とこぼしたくなる状況で、しかし、彼は最善の場所に最高のタイミングでピタリと止めた。日本サッカー史上に残るといっても過言ではない、実に美しく、また価値のあるトラップだった。

 先制点を奪ったこと、相手が予想していなかった両サイドの使い方をチラつかせたことで、流れは一気に日本のモノとなった。オーストラリアの力を考えれば、もちろん無傷で終われるはずはない、と言い聞かせつつも、今日の日本ならば大丈夫、と思いかけている自分もいた。

 それだけに、同点弾の衝撃は大きかった。一度は宣告されたPKが取り消され、死地を脱したつもりになっていただけに、より打ちのめされた。直後、キャプテンは懸命に仲間を鼓舞しようとしていたが、それは、そうしなければ吉田自身も打ちのめされそうだったからではないか、という気がしている。

 度肝を抜かれたのは、そのあと、森保監督が柴崎を投入したことだった。白状すると、サウジ戦のあのミスによって、代表における彼のキャリアは終わったのではないかとわたしは思っていた。大事な場面で打たれた中継ぎ投手を翌日もピンチで起用する、というプロ野球の監督は見たことがあるが、サッカーの世界でこういう使い方をする監督に出くわしたことはない。度肝を抜かれつつ、このまま勝ち越せなければ大変なことになる、というのがその時のわたしの心情だった。

 正直、決勝点を奪う上で柴崎が果たした役割はそれほど大きなものではない。だが、再び修羅場に身を投じ、かつ仲間たちが値千金のゴールを奪ったことで、ほぼ途絶えかけていた代表における柴崎の未来は、再び現在とつながった。

 森保監督の決断によって、つながった。

 まだ苦境を脱したわけではないし、これでチームと監督に対する逆風が消える、ということもあるまい。ただ、この采配は、この勝利は、森保監督と日本代表を大きく変えそうな気がする。

 鉄は、わずか0.02%ほどの炭素を加えると鋼になる。ほんのわずかな、しかし大切なもの。それを、小雨降る埼スタで日本代表は手に入れた。(金子達仁氏=スポーツライター)

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