【コラム】金子達仁

五輪候補もまた人間「おかえり」と言える日を待つ

[ 2019年2月15日 06:00 ]

 人生をかけた大一番を前に、選手生命を断たれかねない大ケガをしてしまった選手に話を聞いたことがある。

 ケガをした瞬間、その深刻さを即座に悟った彼は、グラウンドの芝を叩きながら「神様おるんか、俺、何かしましたか」と絶叫したという。

 彼が脅かされたのは選手生命であって、命そのものではなかった。それでも、あのときの彼は、己のすべてを失ってしまったような衝撃を受けていた。

 だとしたら――。

 面識はないし、かける言葉もない。いまはただ祈る。病を克服して帰って来た時、彼女はきっと、いまはない何かを手にしている。そのことを信じて、「おかえり」と言える日が来るのを待ちたい。

 さて、そろそろ開幕の気配が近づいてきたJリーグにも、「おかえり」と言いたくなる2チームが帰って来た。松本にしろ大分にしろ、どちらも個人的に縁のある土地ということもあり、密(ひそ)かに楽しみにしている。

 特に、一度はJ3というどん底まで落ちた大分には、ひと暴れもふた暴れもしてもらいたいと思っている。J1から1カテゴリー下がっただけでチームを取り巻く環境と情熱が激変し、そのまま下部リーグに定着してしまうチームも珍しくない中、彼らはJ1を知る者からすれば文字通りの地獄、悪夢、屈辱でしかないJ3の戦いを生き延びてきたのである。もし大分が躍進するようなことがあれば、それは、多くのチームとファンに勇気と希望を与えることになるだろう。

 片野坂監督の手腕にも期待したい。依然現役時代のネームバリューがモノをいいがちな日本のサッカー界において、彼のキャリアに特筆すべきものはない。ただ、昨年のJ2で大分が見せたサッカーは、森保監督が志向するスタイルにも通じる、非常に魅力的なものだった。

 残念ながら、発足して四半世紀以上が経過したJリーグでは、いまだアリゴ・サッキが生まれていない。プロサッカー選手としての経験がまったくないまま、最後はイタリア代表の指揮を執るまでになった彼は、「騎手になるために馬に生まれる必要はない」という名言を残しているが、いまだ騎手(指導者)に馬(選手)としての経歴が求められる傾向が、日本には色濃く残っている。プロではあったものの、日本代表とは無縁だった片野坂には、サッキの言葉を地でいくようなステップアップを実現させてほしいものだ。

 それにしても、森保監督といい、今季から大宮の監督に就任する高木琢也といい、そして名古屋の風間八宏といい、片野坂の古巣でもある広島が優秀な指導者を輩出し続けているのには、改めて驚かされる。

 彼らに限らず、広島出身の指導者には、選手との信頼関係を築くのが抜群に上手(うま)いという共通点がある。これは間違いなく、能力が高ければ他のことには目をつぶる傾向の強かった日本サッカー界にあって、チームのGMとして人間性の重要性を説き続けた今西和男さんの功績だろう。

 サッカー選手である以前に人間。五輪候補である以前に人間。当たり前のことなのだが。(金子達仁氏=スポーツライター)

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