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【コラム】金子達仁

全て見通す最新技術 「神の手」はもう起こらない

[ 2018年6月18日 13:00 ]

<フランス2―1オーストラリア>VARによる再判定で、モニターで確認する審判
Photo By AP

 このW杯は、サッカーの歴史におけるターニングポイントの一つになる。大会3日目にして、そう痛感させられている。

 ほんの少し前まで、アディショナルタイムが「5」以上の数字が掲示されるのは、ちょっとした事件だった。普通は2分から3分。1分ならば短すぎ、4分ならばやや長い。5分以上というのは、なんらかのトラブルがあった場合に限られた。

 それがどうだろう。今大会では当たり前のように「5」以上の数字が掲示され、ファンはどよめくこともなくその数字を受け入れるようになっている。

 原因は、テクノロジーの進歩である。

 フランス対オーストラリア戦では、一度は主審が「ない!」と判断したPKの判定が覆された。これまでの大会であればフランス人の不満とオーストラリア人の安(あん)堵(ど)とともに続行されていたはずの試合は中断され、VARによる再判定が下された。

 そこに要する時間はアディショナルタイムに計算され、必然的にその数字は大きくなる。おそらく、この大会では「後半53分」とかいった、過去のW杯ではありえなかった時間帯が増えていくことだろう。

 逃げる者にとっては恐ろしく長く、追う者にとっては叫びたくなるほど短いこの特別な時間が長くなることで、W杯にはいままでになかったドラマが生まれる。

 審判との関係も変わる。多くの国、特にラテン系の選手にとって、審判とは「目を欺くため」の存在だった。バレなければ、見られなければ何をやってもよし。いや、やらなければ損。マリーシアという発想は、まさしくそうしたところから生まれたものだった。

 だが、これからはテクノロジーが目を光らせている。もう「神の手」は起こりえず、マラドーナには得点者の称号ではなく、黄色か赤かの紙が突きつけられる時代になった。いいか悪いかの問題ではない。そういう時代になったのだ。

 あと何年、あるいは十数年すれば、審判を欺こうとする行為は愚行でしかなくなる。死角をついたつもりの反則や、逆にありもしなかった反則で大げさにのたうち回ることは、チームにとってマイナスでしかなくなる。しばらくの間は、そうしたテクノロジーを導入できる財力のある国と、そうでない国との間でギャップも生じるだろうが、いずれは「すべて見られている」という感覚が常識になる。

 今大会をきっかけにして。

 そういえば、ここまでのところ初戦からバチバチに火花を散らす試合が多いが、これも、相手をまったく知らない状態での試合というものがなくなったことの表れかもしれない。

 74年のW杯西ドイツ大会でブラジルはオランダに粉砕されたが、中心メンバーだったリベリーノによれば、試合当日まで、ブラジルの多くの選手は、オランダがどんなチームなのか、どんな選手がいるのか知らなかったという。

 時代は変わり、いままた、変わりつつある。それにしても、まさかアルゼンチンがアイスランドに追いつかれる時代が来ようとは。(金子達仁氏=スポーツライター)

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