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才能の三笘と努力の田中碧 2人の“天才”が大一番で融合 16年の時をともに過ごした戦友

[ 2022年12月3日 05:10 ]

FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグE組   日本2-1スペイン ( 2022年12月2日    ハリファ国際スタジアム )

<日本・スペイン>試合後、歓喜の抱擁をする田中(上)と三笘(撮影・小海途 良幹)
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 三笘が才能あふれる「天才」、なら、田中は「努力の天才」だった。2人の出会いは07年。1学年上の三笘が先に川崎FU―12に在籍しており、翌年に小学3年生の田中が加入したときから付き合いが始まった。

 2人を川崎FU―18で監督として指導した、今野章氏(現U―15Bコーチ)は三笘について、「ドリブルに関しては、一回も一個も言ったことはない」とし、「別格」だったと明かす。結果的にトップ昇格の内定を蹴って筑波大進学を選択したが、昇格は誰もが認めた既定路線。そして性格は「クレバーだし冷静」で、自身を客観視して突き詰めるタイプだった。

 田中は対照的。「彼は薫とは違った天才。努力の天才というところがあったし、人懐っこいところがあった」と同氏は話す。ボール奪取という才能はあったが、突き抜けたものはなく、「普通のような子」が抜群の吸収力と努力で力を蓄え、昇格をつかんでいった。ドイツに渡った今も努力の鬼。デュッセルドルフの広岡太貴通訳は、納得いかない試合の後、「ロッカーの奥でみんなが帰るまで待って、誰もいないスタジアムで走っていた。3回は見た」と証言する。

 16年の時を一緒に過ごした2人の“天才”が、大一番で融合した。試合後は芝の上で倒れ込んで抱き合った。

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2022年12月3日のニュース