道上洋三アナ 永さん追悼「“ラジオの恩人”です」

[ 2016年7月11日 21:00 ]

 朝日放送の道上洋三エグゼクティブ・アナウンサー(73)は11日、永六輔さんの訃報を受けてスポニチ本紙の取材に応じ、互いのラジオ番組などで親交を深めた思い出を語った。

 道上氏によると、永さんは全国各地の民放ラジオで面白い番組があると、そのスタジオを自ら訪ね歩いていたという。今や関西の名物番組の1つとなっているABCラジオ「おはようパーソナリティ道上洋三です」(月~金曜前6・30)のスタジオにも、1990年代初頭に突然、やって来た。以後、互いの番組に出演する仲となった。永さんが「大阪には道上っていう変なアナウンサーがいる」と自身の番組で紹介してくれるたび、道上氏は「永さんに認められたんだという思いで、うれしくなった」という。

 また永さんは、旅先から夫人に絵はがきを送る習慣があったという。2002年に夫人が亡くなった後もハガキを自宅の夫人宛てに送り続けた。妻の死から6年ほどたったある日、道上氏は今まで見たことのない永さんの弱気な姿を目撃した。

 永さんらが企画し、京都市内で毎年開催されていた「宵々山コンサート」。永さんが開演コンサート前に1時間ほどステージでしゃべるのが恒例だったが、その年はわずか20分ほどで切り上げた。楽屋に戻った永さんに、ゲストで出演していた道上氏は心配して「どうしたんですか」と尋ねると、「声が出ない」。声はいつも通りだったため理由を再び聞くと、永さんは「書けないんだ…」とポツリ。妻への絵はがきのことだった。

 妻の死後ずっと書き続けていた絵はがきを、なぜ書けなくなってしまったのか。永さんは「だって読むの、俺だもん」と涙目でつぶやいた。旅先から帰ると、妻に送ったはがきをポストから取り出すのは自分。その寂しさを、6年たってようやく実感したようだった。道上さんは、「“大往生”などで人の生死について書いていた人が、自分の妻の死は長く受け止められていなかったんだな、と思った」と振り返った。

 永さんについて「言葉や間を大事にされ、ラジオの神髄を誰より分かっていた。番組にも呼んでくださり、何かと教えて頂いた“ラジオの恩人”です」と語り、その死を悼んだ道上氏。「たくさんたまった絵はがきを、天国で奥様に届けてあげてください」と言葉を送った。

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