永六輔さん死去…放送作家、作詞など多彩に活躍 6月にラジオ終了したばかり

[ 2016年7月11日 13:48 ]

放送作家、作詞家、タレントなど幅広く活躍した永六輔さん

 放送作家、作詞家、タレントなど幅広く活躍した永六輔(えい・ろくすけ、本名・孝雄、たかお)さんが7月7日午後1時57分に肺炎のため死去したことが11日、分かった。83歳だった。東京都出身。

 2010年にパーキンソン病と診断され、前立腺がんであることも分かり治療。病室などからラジオ番組に出演をしていたが、今年2月からパーソナリティーを務めるTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」の出演を休み、番組は6月27日に最終回を迎えていた。

 早大在学中に放送作家、司会者としてデビュー。中退後はラジオやテレビの台本を書き、作曲家の故中村八大さんらと組んで作詞活動も始めた。一方でディズニー映画「わんわん物語」「ダンボ」などに声優として出演した。

 作詞家としては、1959年(昭和34)、故水原弘さんが歌った第1回日本レコード大賞受賞曲「黒い花びら」をはじめ、北島三郎の「帰ろかな」、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」を手がけ、61年には故坂本九さんが歌った「上を向いて歩こう」が大ヒットした。

 同時期からテレビ、ラジオでも活躍し、現在のバラエティ番組の原点とされるNHK「夢であいましょう」(61~66年)の構成を担当。70年に始まった日本テレビ系「遠くへ行きたい」に出演し、テーマ曲も担当。浅田飴のテレビCMにも出演し、コミカルな動きが子供にも親しまれた。

 著書、共著は多いが、94年に発表した「大往生」は200万部を超える大ベストセラーに。00年には菊池寛賞を受賞した。83年の参議院議員選挙に出馬したが落選。政治や社会問題にも関心を示し、その発言が話題に上ることも多かった。長女は映画エッセイストの永千絵さん、二女は元フジテレビで現在はフリーの永麻理アナ。

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