落合博満氏 「あれは不思議だった」現役引退翌日に感じた体の変化 完全燃焼の20年

[ 2022年11月2日 17:15 ]

落合博満氏
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 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(68)が2日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。プロ20年目、現役最終年となった1998年シーズンを振り返った。

 ロッテ、中日、巨人を経て、日本ハム移籍1年目の1997年は打率.262、3本塁打、43打点だったが、113試合に出場し、史上最年長の44歳シーズンでの規定打席に到達した。そして迎えた98年。開幕戦こそ4番を勝ち取ったが、4月25日の西武戦(東京ドーム)を最後に先発で4番出場する試合はなく、59試合の出場で打率.235、2本塁打、18打点に終わり、現役を引退した。

 1998年の現役最後の試合は古巣・ロッテ戦。しかし、スタメン出場も断り、両軍による胴上げも断ったという落合氏。当然、引退試合もなかった。「うん。だから最近ですよ。引退試合を大々的にいろんな選手がやるようになったっていうのはね」と当時のプロ野球界を回顧。古巣から本塁打を打てば12球団本塁打でもあったが。「ああ~。(最後の打席は)黒木(知宏)だな。フォーク、フォーク、フォークできてたよ、確か。だから彼も俺が最後だっていうのは知らないと思うから。だから真剣勝負できたんだろうと思うしね」。家族以外に引退することを言っていなかったことで実現した“現役最後の真剣勝負”だった。

 結果は一塁ゴロだった。落合氏の中に、その時どんな感情が沸き起こったのか。「あぁ、これで終わったからっていうような感じ。ただそれだけですよ。何の悔いもなかったしね」

 最後の打撃結果には悔いがなかったと語ったが、きついトレーニングから解放されるなどの思いはなかったのか問われ「明日からあっち痛い、こっち痛いって思うことないなと思って。野球やめた次の日から腰痛とアキレス腱の痛みが消えたからね。あれは不思議だった」と引退翌日から体に変化があったと説明。

 やはりプロとしてチームとして、個人として結果を追い求め闘い続けた20年間。重圧やストレスはあったようで「じゃないのかね。目に見えない、自分では、想像もつかないようなものっていうのは、あったんじゃないのかな。あれっ?起きた時に、あれっ?どこも痛くねぇなっていうのは。だからそれから野球やりたいと思ったことは一回もない」と完全燃焼した現役生活を笑いながら振り返った。

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