松井 背番35で再出発!3A13戦・170に「複雑」も

[ 2012年5月30日 06:00 ]

<インディアナポリス・ダーラム>3回、四球で出塁し、次打者の適時打で三塁を回り本塁に向かうダーラムの松井

 約2カ月遅れの開幕――。レイズ傘下3Aダーラムに所属していた松井秀喜外野手(37)のメジャー昇格が28日(日本時間29日)、決定した。背番号は過去19年間のプロ生活で背負った55から「35」となることが有力で、29日(同30日)のホワイトソックス戦からチームに合流する。開幕から約2カ月。退路を断ってマイナー契約を結び、3Aでも打率・170と苦しみながら、ようやくメジャー10年目のスタートラインに立つ。

 試合後にシャワーを浴び、着替えて会見に臨んだ松井の髪はうっすらと濡れていた。昨年までのメジャー生活では、ドライヤーでしっかりと乾かしていた。無精ひげも残っている。孤独な自主トレ、マイナー生活を過ごしたこれまでの苦闘を物語るようだった。

 「複雑な気持ちもある。ちゃんとした成績を残して本当は行きたかった。いい内容で打てていない。そこだけが唯一の心配点」。笑顔はない。この日の試合中にレ軍から連絡が入り、ダーラムのチャーリー・モントーヨ監督から昇格を知らされたが「素直にうれしいとは、なかなか思えなかった」という。3A13試合で打率・170、0本塁打、4打点。レ軍のジョー・マドン監督はベテランとしての経験、勝負強い打撃を高く評価しており、加えてチームは故障者が続出。それが昇格の大きな理由だったが、結果を出せなかっただけに心から笑えなかった。

 「また野球がしたいというか、またメジャーの舞台に戻って野球がしたいという、それだけです」。不動の心で、思いを最後まで貫いた。93年から巨人で10年間プレー。今年は松井自身が目標にしていた、米国で節目の10年目だった。中畑監督率いるDeNAなど、日本球界からラブコールも届いた。仮に戻れば、誰からも愛されるゴジラとして大歓迎されたろう。しかし松井は日本球界復帰を望まず、退路を断ってレ軍とマイナー契約。身分が保証されない中、若手選手とともに必死に汗を流した。試合でも交代を告げられない限りはフル出場。モントーヨ監督は「過去の実績に頼らなかった。本当のプロだ」と敬意を表した。

 狭いクラブハウス、質素な食事、ハードな移動…。過酷な環境の中でも、松井は松井だった。この日、インディアナポリスへはチャーター機ではなく民間機を乗り継いで移動。それでも「全然問題ない」と、野手で一番にグラウンドに出てきて体をほぐした。26日のノーフォークへの3時間半の車移動でも、これまでの「質のいい睡眠を取る」という考えの通り、車内では起きたまま。必死にペースを守った。

 現時点ではレギュラーではない。DHだけでなく左翼や代打など幅広い役割を担う。一方で結果が伴わなければ来季のメジャー残留はもちろん、シーズン中の放出や解雇の可能性も捨てきれない。厳しい戦いはここからが本番。「楽観的には考えていない。決まった以上はしっかり頑張るしかない」。背番号は代名詞の55ではなく「35」が有力。日米通算505本塁打のスラッガーのいちずな思いが結実し、2カ月遅れの開幕を迎える。

 ▼DeNA・中畑監督 あいつは絵になる男だから。そこ(メジャー)じゃないと絵にならない男だよな。

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