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【コラム】金子達仁

マン・オブ・ザ・マッチは南野より権田

[ 2019年10月17日 06:00 ]

<サッカーW杯予選 タジキスタン・日本>後半、権田 ナイスセーブ(撮影・西海健太郎) 
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 日本の出来が悪かったわけではない。及第点に行くか行かないか、という選手は何人かいたが、南野のように文句なしの合格点がつけられる選手もいた。それでいながらの辛勝は、掛け値なしにタジキスタンが強かったから、である。

 5日前に戦ったモンゴルは、日本からすると何をどうやっても負けようのない相手だったが、タジキスタンは違った。前半23分、鎌田のコントロールミスをかっさらってつかんだ決定機をモノにしていれば、彼らが奇跡的な勝利をつかんでいた可能性もあった。日本とタジキスタンの間にあった実力差は、たとえばアトランタ五輪で日本とブラジルの間にあった差よりははるかに小さなものだった。

 だから、この試合のマン・オブ・ザ・マッチを選ぶとしたら、わたしはGK権田を選ぶ。2得点をあげた南野は素晴らしかったし、特にバックヒール気味に押し込んだ2点目は、86~87チャンピオンズ・カップ決勝でポルトのラバー・マジェールが決めた伝説的な決勝弾を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 だが、それもこれもすべては完全な決定機を権田が左手一本ではじき出したからだった。場内に満ち満ちていた奇跡を望む空気は、危険なほどに可燃物を含んでいたし、ひとたびそれが爆発すれば、とてつもないことが起きそうな気配もあった。日曜日、日産スタジアムにあったのと似た気配である。

 幸い、権田のファインセーブによって、爆発物は不発のまま終わった。それでも、タジキスタンの10番や7番などは、安くてもいい仕事をしてくれそうな選手を探しているJのクラブにとっても、魅力的な存在に映ったのではないか。

 タジキスタンのサッカーには背骨があった。哲学、と言ってもいい。苦しくなった時、追い詰められた時に自分たちを支えてくれる拠(よ)りどころ。森保体制になってからの日本がそうであるように、彼らもまた、ボールを保持し、パスをつないでいくことに活路を見いだそうとしていた。

 日本が奪った3点のうち、2点がヘディングによるものだったという事実は、森保監督にとってはちょっと苦いかもしれない。不慣れな人工芝とはいえ、イレギュラーバウンドの一切ないピッチ。にもかかわらず、この日の日本は地上戦で相手を圧倒しきれなかった。つまりは、まだまだということだ。

 おそらくは何カ月か後に、この試合は2次予選の最大のヤマ場でありハイライトだったと振り返られることになる。まだ3試合を終えたばかりだが、この難所を乗り切ったことで、日本の最終予選進出は決定したと言っていい。

 だが、選手たちが日本を離れた数日間の間に、日本国民の意識は大きく変わった。W杯で決勝トーナメントに進出することが、悲願ではなくノルマと考えられる時代に、日本社会全体が舵(かじ)を切った。いま、ラグビーをみている浮遊層は、3年後、確実にそうした目をサッカーに向けてくる。

 これからは、日本のサッカーも世界で勝たなければならない。ただ勝つだけでなく、内容でも国民を酔わせなければならない。恐ろしく過酷な、しかし最高の環境が選手たちをまっている。(金子達仁氏=スポーツライター)

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