【コラム】金子達仁

南米への苦手意識は過去のもの

[ 2019年3月25日 19:30 ]

<日本・コロンビア>前半、ハメス・ロドリゲス(右)と競り合う南野(撮影・篠原岳夫)
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 前半のコロンビアは、昨年日本が倒したウルグアイと同じだった。個人のレベルは高く、もちろん、チームとしても真剣にやっている。けれども、W杯と違って相手を研究しているわけではなく、まして、日本のいいところを消そう、などとは1ミリも考えていなかった。彼らが望み、実行したのは、あくまでもスパーリング。相手の強い部分をあえて受けるというのも、意味のあることだったのだろう。

 ところが、後半のコロンビアは空気を一変させていた。穏やかで朗らかだったラテンの男たちは、前半は決して見せなかった殺気をチラつかせるようになった。W杯やコパアメリカでなければまず見せることのない本気の片鱗(へんりん)を、親善試合で覗(のぞ)かせたのである。

 わからないではない。彼らは去年のW杯に苦杯を喫している。そのせいか、前半の日本が自分たちに対してまるで覚えを抱いていないということも、肌で実感したことだろう。わたしであれば、わたしがサッカー大陸南米の誇りを抱く男であれば、正直、癇(かん)に障る。調子に乗ってんじゃねえぞ、と凄みたくもなる。

 まして、チームを率いていたのはケイロスだった。イラン代表の監督としてアジア杯では日本に惨敗した。同じことは繰り返せないし、もし繰り返すようなことがあれば、イラン以上に誇り高いコロンビアのメディアとファンは、自分に対して早くも牙を剥(む)くことだろう。

 ゆえに、後半のコロンビアは、まず日本のストロングポイントだった中島の存在感を消しにかかり、見事に成功した。危険な芽を摘んだ上で、ジワジワと相手を押し込んでいく。その様は、まさしく南米の強豪そのものだった。

 だが、それに対する森保監督の切り返しも見応えがあった。左サイドの中島を消されたと見るや、反対サイドに注意を惹(ひ)きつけるべく交代選手を投入し、中島の存在感を取り戻すことに成功した。中でも、アジア杯では中島の代役として起用された乾を併用する形で使い、それが機能しそうな予感を与えてくれたのは、大いなる収穫だった。

 結果的にはPKによる1点を返せないまま敗れたものの、ともすれば心地よいスパーリングになりがちな親善試合で、ガチな試合をやることができた意味は大きい。南米勢に対するコンプレックスを大幅に払拭(ふっしょく)していることを感じさせてくれた日本の選手も、その上でなお、南米のしたたかさ、奥の深さを感じたのではないか。6月のコパアメリカを考えれば、間違いなくこの試合内容と結果は良薬である。

 あえて不満を述べさせてもらうならば、堂安にしろ南野にしろ中島にしろ、消えている時間が長すぎる、ということになる。最初は3人ともにフルスロットルなので波長があっているのだが、時間の経過と共にアクセルを踏むタイミングがズレ、3本だった矢が1本になってしまう。今後は、スイッチを入れる瞬間の共通認識を育てていく必要がある。

 それにしても、南米対日本=魔術師対労働者という図式は、完全に過去のものとなった。チェッ。でも、ニヤリ。きょうはそんな気分だ。(金子達仁氏=スポーツライター)

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