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【コラム】金子達仁

審判からの敬意を失ったブラジルの末路

[ 2018年7月9日 20:00 ]

 死して皮を残すのが虎だとしたら、敗れても余韻や物語、信奉者を残して去るのがW杯におけるブラジルだった。

 66年大会。まさかの1次リーグ敗退。だが、ペレが見舞われたタックルの数々は、FIFAにイエローカード、レッドカードの導入を決断させた。

 74年大会。優勝できなかったクライフのオランダが、それでも世界的名声を獲得することができたのは、彼らがブラジルを倒していたからだった。

 78年大会。決勝進出を阻んだのはアルゼンチンに6点を献上したペルーだった。リベリーノやジーコたちは、肩を組んで大会を去った。彼らは無敗だったのだ。

 82年大会。パオロ・ロッシのハットトリックに屈した伝説のチーム。あまりにも美しく、あまりにも壮絶な散りざまは、いまなお多くの人の記憶に残る。

 86年大会。プラティニ率いるフランスとの炎天下での死闘。ジーコのPK失敗。ソクラテスの空振り。刀は折れ、矢は尽きた。

 90年大会。攻めて攻めて攻めまくったブラジルを待ち受けていたのは、マラドーナが放った必殺のスルーパス。世紀のワンパンチ・ノックアウト――。

 だが、18年7月6日のブラジルは、何も残さなかった。ドイツに1―7という歴史的な大惨敗を喫したときは、まだ「ネイマールがいなかったから」と自らを慰めることもできたが、今回は何もない。ケガ人がいたのは事実としても、その穴はネイマールを失うほどの大きさではなかったはずだ。

 しかも、敬意や親愛の念を向けられるのが常だったブラジルの背番号10には、史上初めて、侮蔑のこもった視線が向けられた。そして、試合を裁く者たちにもそうした感情を芽生えさせてしまったことが、ブラジルにとっての命取りにもなった。

 それは、以前であれば「マリーシア」という言葉で称賛されていたかもしれない行為だった。だが、最新テクノロジーの導入は、名優を詐欺師へと変えた。この日何回かあったペナルティーエリアでの微妙なプレーを、主審ははなから「ノー・ファウル」と決めつけていたようだった。VARで見る限り、彼の判断が間違っていたとは思わないが、かくもレフェリーから敵視されたブラジルを、わたしは知らない。

 さて、決勝トーナメント1回戦での歴史に残る逆転勝ちに続き、優勝候補筆頭のブラジルを倒したことで、ベルギー人たちはついに世界の頂点を視界に捉えたはずである。

 準決勝の相手はウルグアイを退けたフランス。エムバペというSSクラスのキャラを擁しているが、Sクラスのキャラであればベルギーの方が人数は多い、という印象がある。特に、ブラジル相手に孤軍奮闘したアザール兄は、限りなくSSクラスに近づきつつある。彼らが決勝進出を果たしたとしても、それはまったく驚きではない。

 この驚異のW杯では特に。

 それにしても、まさか準々決勝を「もしこれが日本だったら」との思いで見る日が来ようとは。はるかに遠い世界の頂点は、それでも、確実に近づきつつある。(金子達仁氏=スポーツライター)

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