ビリー・アイリッシュ 新譜「ハピアー・ザン・エヴァー」の率直すぎる凄み

[ 2021年8月4日 10:30 ]

ビリー・アイリッシュのニューアルバム「ハピアー・ザン・エヴァー」のジャケット
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 【牧 元一の孤人焦点】米国のシンガー・ソングライター、ビリー・アイリッシュ(19)は率直な人だ。胸の内を明かす時に飾らない。格好をつけない。言葉にすると簡単そうだが、実はとても困難なことだと思う。自身が世界的に注目されているアーティストだからだ。世間の関心を集めていると思えば、常人なら肩に力が入る。何かと工夫を凝らそうとする。ところが、彼女は曲げることなく、ひたすら真っすぐに、心の中をさらけ出している。

 7月30日に発売されたニューアルバム「ハピアー・ザン・エヴァー」。2020年の第62回グラミー賞で、史上最年少の18歳で年間最優秀アルバムなど主要4部門に加えて計5部門を受賞したデビューアルバム「ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?」(19年3月発売)以来の待望の新作だ。

 9曲目「ノット・マイ・レスポンシビリティ」は、自分に対する世間の批判への反論を唱えたような曲。歌詞をメロディーに乗せずに、ひたすらつぶやくように「私に大人しくしててほしいの? この肩が挑発的ってこと?」などと、言葉を並べ続ける。その内容は極めて単刀直入。もしも、こんな曲を新人アーティストが持ち込んだら、プロデューサーは作り直しを提案するかもしれない。しかし、歌っているのは、あのビリー・アイリッシュだ。率直すぎるところが、誰にも出し得ない凄みとして聞こえて来る。曲調が異なり重さも全く違うが、ジョン・レノンが自分の母親らへの思いを赤裸々に歌った「マザー」(1970年)を初めて聴いた時の特異性を思い出した。

 11曲目「エヴリバディ・ダイズ」も印象深い。扱っているのは、誰もがやがて死ぬという事実。幻惑的なメロディーに乗って「だけど泣いてもいいんだよ へこたれても大丈夫」と、温かく包み込むような声で歌っている。19歳にして歌う死。いや、19歳だからこそ、これほど純粋に死を歌えるのだろう。この曲を聴くと、彼女の歌のうまさも良く分かる。声を張り上げる歌手ではないが、一つ一つの音の確かさ、強さが胸に響く。

 全体としては、デビュー作よりポップになった感じを受ける。前作の1曲目「バッド・ガイ」が先鋭的だったとすれば、今作の1曲目「ゲッティング・オールダー」は普遍的。3曲目「ビリー・ボサノヴァ」や8曲目「ハレーズ・コメット」にはロマンチックなムードが漂い、彼女の乙女の一面を感じさせる。まだ19歳。今後、成人した思いや20代半ばを迎えた思い、30代が近づいた思いなどをどのように歌にしていくのか…。楽しみが尽きない。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。

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2021年8月4日のニュース