復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年~

桐生商部長から教わった野球理論と志…甲子園は遠くない

[ 2012年2月22日 06:00 ]

津波の爪痕が残る高田高校校舎で伊藤コーチ(右)に被害の説明を受ける(手前左から)桐生商高・高橋部長と武藤監督

 校舎が壊滅的な被害を受けた岩手県の高田高校を、震災後から交流を続ける桐生商のスタッフらが訪問した。3度目の交流となる今回は、桐生一のコーチとして99年夏の甲子園で優勝した経験を持つ高橋正志部長(40)が、高度な配球論や甲子園での戦い方などを隠すことなく伝授した。真剣なまなざしで講座に聞き入ったナインは、あらためてはるかなる甲子園に思いをはせた。

 高田高校ナインに対する桐生商・高橋部長の講義は、震災の爪痕がいまだ残る陸前高田市の同校研修所で2日間、約6時間にわたって行われた。

 「今回は自分にめちゃくちゃ気合を入れてきました。本当に微力ではありますが、生徒たちが今まで以上に野球を楽しく感じてくれればいいと思います」

 高田高校と桐生商の交流は、震災後の6月に招待試合を行ったのを皮切りに今回で3度目。過去2度は高田高校が群馬に遠征し、練習試合やバーベキューなどで選手同士が交流したが、今回は高田高校の求めに応じて、桐生商の武藤賢治監督(40)らスタッフらが同校を訪れた。

 高橋部長は母校の桐生一のコーチとして正田樹、一場靖弘(ともにヤクルト)らを擁した99年夏に初優勝を飾るなど、チームを8度甲子園に導いた経験を持つ。同校を退職し、昨年から現職に就いたが、2010年には野球教本「ファイブラインマジック」(日刊スポーツ出版社)を刊行。卓越した野球理論を持つことから今回の講師役を務めた。

 対話しながら講義は進んだ。

 高橋部長 「0―0の終盤で2死二、三塁。打者は日本一のスラッガーの大阪桐蔭の中田。どうする?」

 野球部員 「…」

 高橋部長 「この場合は大胆な攻めができる。一塁が空いているから死球は怖くない。外に緩い変化球を投げた後にズバッと内角を突いたら、日本一の打者を詰まらせることもできるよ。ピンチだけど内角を思い切り突けるチャンスでもあるんだ」

 高橋部長が提唱する「ファイブライン」とは、ホームベースを中心に、内外角に引いた5本の仮想のラインのこと。その5本のラインを中心に、配球を主に横幅で組み立てる。その理論に当てはめながら、ホワイトボードを使って分かりやすく説明する。さらにテーマはデータの取り方、打者のタイプの見分け方、左投手のけん制についてなど多岐にわたった。

 なぜ他校の生徒にここまでするのか。それは、09年に亡くなった高橋部長の母の存在がある。亡き母は高橋部長に最期にこうつぶやいたという。「他人様の喜ぶ人生を送りなさい」。甚大な被害を受けた高田高校と縁あって知り合った。自分たちと同じく甲子園を目指すチームが苦しんでいる。母の教えを生かすのは今を置いてほかになかった。

 高田高校ナインは初めて触れる高度な野球理論に刺激を受けた様子だ。レギュラー捕手の十文字瞭太(2年)は「時間が短く感じました。野球というスポーツの見方が変わりました」と話せば、投手の川原拓磨(2年)は「今まで配球は十文字に任せてきたけど、これからは自分なりに考えていきたい」と話した。  「甲子園で会いましょう」。そう言い残しバスに乗り込んだ桐生商の一行は、約500キロ離れた群馬に戻っていった。甲子園はそんなに遠くない。ナインにそんな思いを残して。

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