復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年~

津波に流された弟の無念継ぎ専業主婦から販売店店長

[ 2011年6月12日 06:00 ]

被災した弟一家に代わって佐々木新聞店を引き継ぐ姉

 新しいプレハブで、その女性は忙しく働いていた。今年4月、陸前高田市の佐々木新聞販売店の3代目の所長になった57歳はこう言う。「両親が始めた店でしたからね。“毎日、同じ時間にコップ1杯の水を届けるのがどんなに大変なことか”。父にそう言われて育ってきたの」

 1955年、女性の父親が始めた新聞販売店。店は女性の弟・佐々木正文さんが継いだ。そして3月11日。悲劇が起こった。所長だった正文さん一家は4人全員が津波に流された。本人と長男はいまだ行方不明。妻と次男は死亡が確認された。

 父、弟と続いた店を姉の自分が継ぐことを決めた。きっかけは配達員の言葉だった。「店を継いでほしいって。でも立ち上げるのに一番頑張ってくれたのは配達員の人たち。名簿起こしも自分たちがやるからって。私が偉いのではないの。生活サイクルがまるで違っても支えてくれる夫にも、感謝しているわ」

 20年以上、専業主婦を続けてきた。暮らしは激変した。しかし「店をやめたら配達員さんにも新聞社さんにも迷惑がかかるでしょ」と笑顔で言う。その笑顔のままでこう続けた。「でもね」

 「だからって美談仕立てで記事にされるのは困るわ。私の名前を書くのは勘弁してくださいね。何度頼まれても名前だけはちょっと…」

 だから、その女性の名前は記すことができない。大津波にも、プライドまでは流されなかった人の名前は書くことができない。

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