復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年~

気丈な振る舞いに救われた

[ 2011年6月13日 06:00 ]

 「お姉さん、東京っから来たの?」と気さくに話しかけるおじさん。隣の席をポンポンと叩き「ここに座らっせ」と笑いかけるおじいちゃん。「これ、おいしいから持ってって」とお土産を持たせようとする女性もいた。いずれも皆、生き残った自分を責め、いまも見つからない家族を捜し、毎晩津波に襲われる夢を見る人たち。心に深い傷を抱えて暮らしている。

 震災後、東京で安穏と暮らす自分に憤り、今回の企画への同行を申し出た。なのに、決まってから急に不安に襲われた。話を聞き伝えることで、癒えたはずの傷を開いてしまうのではないか。毎回、出発前夜はなかなか寝付けず、いつの間にか朝がくる。

 津波の日の出来事、自宅や家族の安否。聞きたいのに、聞くための言葉が見つからない。そんな心の中を見透かしたように「言葉を選ばなくて大丈夫。聞きたいことをそのまま聞いて」と言ってくれたおばさんがいた。本当につらい人の気丈な振る舞いに、いつも救われている。

 できることは本当に少ないけれど、彼らの声を伝え、東北と日本中をつなぐ「通り道」になりたいと思う。東北の皆さん、いただいた優しさは必ず返します。 (金子 しのぶ)

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