【内田雅也の追球】祈りと希望の再スタート 近本は「楽しかった」と重圧を前向きにとらえていた

[ 2022年7月8日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0-3広島 ( 2022年7月7日    甲子園 )

<神・広>近本のボードやタオルを持ち応援する阪神ファン (撮影・後藤 大輝)
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 大リーグの連続試合安打記録は1941年、ジョー・ディマジオ(ヤンキース)の「56」である。5月16日から7月16日まで2カ月間続いた。

 映画『さらば愛(いと)しき女(ひと)よ』の舞台はその41年。私立探偵フィリップ・マーローは事件を追いながら日々、ディマジオの安打を気にかける。原作の同名小説にない設定だ。

 この点について、マイケル・シーデル『ディマジオの奇跡』(宝島社)は<ディマジオの存在を通して、暗い戦争の冬が訪れる前の、最後の平和な夏を、よきアメリカの最高の姿を思い描いている>と解説する。第2次世界大戦参戦前、日米開戦を前にした暗雲漂う時代、全米の希望だった。

 山際淳司も<野球だけを見ていたのでは、本当の野球の面白さは伝わらない>と時代背景や風土や文化などに触れた。夫人の犬塚幸子が『イエロー・サブマリン』(小学館文庫)の「あとがきにかえて」で記している。

 阪神・近本光司の連続記録にも社会的側面がある。長引くコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻……など息が詰まる世の中、阪神ファンは、人びとは「今日も近本は打ったか」と希望をみていた。

 その連続試合安打が止まった。いや「30」で記録が確定した夜だった。

 広島先発のドリュー・アンダーソンに3打席凡退。9回裏は栗林良吏に二ゴロに倒れ、場内からため息が漏れた。いや拍手も混じっていた。5月28日から安打を連ね、プロ野球歴代5位となった記録をたたえていた。

 ディマジオは記録が途切れた帰り際、クラブハウスに財布を忘れたことに気づき、同僚に20ドルを借りた。平常心ではなかったのだ。近本は「楽しかった」と重圧を前向きにとらえていた。

 七夕。星に祈りをささげる夜だった。「生きるって、祈ることなのよ」と、映画にもなった森沢明夫『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)で主人公の悦子が店に入った泥棒を諭す。「自分の未来に夢も希望もないんだったら、他人の未来を祈ればいいじゃない」

 近本の記録を、阪神の戦いぶりを希望にして、祈る人びとがいる。「誰かのために」を掲げるチームである。近本も、そして阪神も再スタートを誓う夜にしなければいけない。=敬称略=(編集委員)

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2022年7月8日のニュース