【内田雅也の追球】忘れたくないリスト――「コロナ後」へ、プロの「修行」

[ 2020年4月17日 07:30 ]

鳴尾浜球場で自主練習を再開した高橋(阪神タイガース提供)
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 イタリアを代表する小説家で物理学者でもあるパオロ・ジョルダーノ(37)が先ごろ『コロナの時代の僕ら』(早川書房)を著した。世界26カ国で緊急刊行された。

 実は、アマゾンで予約注文したが、まだ手もとに届いていない。ただ、日本語版の「あとがき」がネット上で公開されていた。タイトルは「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」とあった。

 新型コロナウイルスとの闘いで、欧米首脳が頻繁に「戦争」という言葉を用いる現状に、ジョルダーノは仏領インドシナ(今のベトナム)に生まれ、育ったフランス人女性、マルグリット・デュラス(1914―96年)の言葉を思い浮かべる。小説家、脚本家で、自伝的小説を映画化した『愛人/ラマン』(1992年)は日本でもヒットした。

 デュラスの言葉とは『苦悩』(河出書房新社)にある。「平和の様相はすでに現れてきている。到来するのは闇夜のようでもあり、また忘却の始まりでもある」

 ジョルダーノは<戦争が終わると、誰もが一切を急いで忘れようとするが、病気にも似たようなことが起きる>と書く。戦争や災害を風化させてはいけない。一方で、忘れてしまいたいとの思いもあるだろう。

 だから<僕は今、忘れたくない物事のリストをつくっている>という。<リストは毎日、少しずつ伸びていく。誰もがそれぞれのリストを作るべきだ>。

 そんなリストを阪神・高橋遥人は作っていることになる。甲子園、鳴尾浜での練習が解禁となった15日、オンライン会見で「日記をつけている」と話していた。「一日の中でどういうことをやったとか、感じたことをそのまま書きました。野球だけでなく、ニュースでやっていたことなども書きました」。それはそのまま「忘れたくないリスト」になる。

 高橋は「こういった状況の中で、こうしてまたトレーニングや練習をできることに感謝したい」と話した。その感謝の気持ちは、そのまま日記に書かれることだろう。「世の中の当たり前のことが、当たり前じゃなくなることが、本当に怖い」「先が見えない状況なので、今できることをしっかりとやっていきたい。イメージをしっかりと持っておきたい」……。日記を読み返せば、それは自分にとって大切な教訓となっているだろう。

 戦時にも似た辛く、苦しい日々を過ごしていると、本当に大切なものが見えてくる。健康や安全や平和といった日常をいとおしく思う。

 プロ野球選手であれば、野球ができない日々は試練の域を超えている。

 サッカーのスペイン2部リーグ・ウエスカに所属する岡崎慎司は辻仁成が主宰するウェブサイト『デザイン・ストーリーズ』で<修行>と書いていた。

 <何をモチベーションにして生き抜くか、ぼくは考えるようになる>。それは<サッカー選手として自分自身を維持させる修行のようなもの>。

 プロとして、修行の日々に見えた光景、浮かんだ思いを覚えておきたい。いずれ来る「コロナ後」の世界のために。=敬称略=(編集委員)

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