ヤクルト・伊藤智仁、セ・タイ記録「16K」も…右肘悲鳴直前の輝き

[ 2020年4月17日 07:00 ]

93年6月9日、巨人・篠塚にサヨナラ本塁打を浴びガックリするヤクルト・伊藤智仁
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 【Lega-scene あの名場面が、よみがえる。~名勝負編~】昭和、平成の名場面をスポニチ本紙所蔵の秘蔵写真からお届けする「Lega―scene(レガシーン)」。プロ野球の名勝負編、第4回は1993年6月9日の巨人―ヤクルト戦(金沢)。セ・リーグタイ記録の16三振を奪ったヤクルトの新人右腕・伊藤智仁投手(当時22)が、0―0の9回2死から巨人・篠塚和典内野手(同35)にサヨナラ本塁打を浴びた試合です。

遠ざかる白球を北陸・石川の夜空に探した。
それが右翼スタンドに落ちると
ルーキーの伊藤智仁は
両手を膝につき、肩を落とした。
こんな無情な結末があろうか。

0―0の9回2死走者なし。
ちょうど150球目に篠塚和典に
サヨナラ弾を浴びるまで
巨人を7安打無失点に抑えていた。
奪った三振は「16」。
67年の金田正一(巨人)
68年の江夏豊(阪神)らに並ぶ
セ・リーグ記録で、負け試合としては最多だった。

150キロ超の直球と
真横に滑る「高速スライダー」で
打者を手玉に取った。
デビューから6月9日のこの試合まで
既に10試合に登板し
4勝を挙げていた。
このサヨナラ負けが、プロで喫した2敗目だった。

7月4日の巨人戦(神宮)では、
サヨナラ勝利を自身4度目の完封で飾った。
北陸の借りは返したが
137球を投げたその試合で
右肘と右肩が限界を超えた。

マウンドから消えた伊藤が
表舞台に戻るのは
1050日後のことだった。
(敬称略)

 ≪ベテラン意地の初劇弾≫篠塚にサヨナラ本塁打を浴びた伊藤はベンチ前で地面にグラブを叩きつけ、悔しがった。「真っすぐ?」の問い掛けに「そうです。仕方ない」と言い、野村克也監督は「伊藤を見殺しにしてしまった」と話した。巨人にとっては負けられない試合だった。前夜は富山で乱闘の末に大敗。長嶋茂雄監督は厳重注意処分を受けていた。途中出場の篠塚は「今日は勝たなくちゃいけない試合だったんだ」。プロ18年目で初めてのサヨナラ本塁打だった。
   

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