「許す力」で率いる阪神・矢野監督――笑顔で未来を切りひらく野球

[ 2020年2月17日 07:30 ]

沖縄・北谷で見かけた女子軟式野球の試合。笑顔があふれ、しばし見入ってしまった。
Photo By スポニチ

 【内田雅也の広角追球】阪神監督・矢野燿大はミスをしても怒らない。本当に全く怒らない。

 当たり前だ、と矢野は思っているだろう。怒る? 何のために? 選手のミスを責めてどうなる? と考えている。

 たとえば、15日の練習試合・広島戦(宜野座)でエラーした植田海について、記者団にこんな風に語っている。

 「普段から“エラーしていい”と言っている。“今からノックしてうまくなってやろう”とか“もっともっと守備をうまくしてやろう”という意識を高めてもらえれば、後の成長につながればいいと思う」

 これがあるべき指導者の姿ではないだろうか。

 昨年8月放送のNHKドキュメンタリー『沙絵さんと洋子さん』を思い出した。リオデジャネイロ・パラリンピック陸上女子400メートルで銅メダルに輝いた重本沙絵と監督・水野洋子との歩みを紹介していた。

 本番前、重圧におしつぶされそうな重本は水野の言葉で自分を取り戻したそうだ。「ダメだったら、また一緒に練習しましょうね」

 そうなのだ。これまで一緒に練習してきた。大会で失敗したり、負けたりすれば、また一緒に練習すればいいんだ、と重本は楽になり、前向きになれた。

 選手とともに苦しみ楽しむ。成功も失敗も、勝利も敗戦も、すべて一緒に受けいれる。

 植田もこの失敗を糧にして、また練習することだろう。そんな練習は必ず上達する。

 昨年、オリックスからFA移籍で入団した西勇輝の話が分かりやすい。スポニチ本紙評論家、亀山努との対談で次のように話している。

 「正直、理不尽な監督さんもいると思います。“ミスしてもいい”と言いながら、ミスしたら怒るとか。でも矢野監督は本当に怒らないですから。だから選手は思いきってできるんですよ。何も恐れない。実際、本気でやった選手には怒りません。でも適当なプレーとかにはバーンと怒る。方針がしっかりしているので、やりがいを感じますね。ちゃんと最後までプレーを見てくれているんだな、と感じます」

 西勇は「矢野監督がいたから(阪神に)来たかった」とも話した。

 決して怒らない矢野には「許す力」とでも呼ぶべき能力を持っているのではないか。今季のスローガンを「It’s 勝・笑 Time」としたように「笑うことには大きなパワーがある」と笑顔の力を信じている。

 昨年も書いたが、英語の「奇跡」(miracle)と「笑顔」(smile)の語源は同じだという。いずれも元はラテン語mirusで「不思議なくらい、すばらしい」といった意味だ。

 さらに「鏡」(mirror)もまた同じ語源だという。矢野も交流があるコピーライター・作家、ひすいこたろうの『3秒でハッピーになる名言セラピー 英語でしあわせ編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)にあった。<では、ここで、鏡の前に行って、ニッコリ笑って鏡をのぞいてみてください。誰が映って見えますか?><その鏡に映っている人こそ、あなたの人生を変えてくれる人物です>。

 そう、未来は変えられる。自分の考え方次第で変えられる。矢野は、阪神は、苦しい時も笑顔で乗り切り、昨季最終盤6連勝でクライマックスシリーズ(CS)進出という奇跡を起こしたのだ。

 さらに書けば、英語の「許す」(forgive)の語源はfor(完全に)、give(与える)らしい。つまり、相手を生かしたいという自分の心を完全に与えるという意味になる。

 伊集院静はその名も『許す力』(講談社)で、野球について<野球の神様がいると言われるくらい、その仕組み、ルールの奥が深く、そして実際のゲームでは時には奇跡と呼ばれるプレーが生まれる>と書いている。<その魅力を知った人は離れられなくなり、己の人生とともにベースボールゲームを見つめる>。

 矢野の「究極の目標」は全国の野球少年や少女たちに楽しく、笑顔でプレーしてもらうことだそうだ。未来をになう子どもたちに、笑い、許す野球の阪神がお手本となりたい。そのためにも笑って勝とうとしている。 =敬称略=
(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 少年軟式野球の指導経験がある。現場で怒声を発し、ふんぞり返る指導者に萎縮する選手、そして保護者。無性に腹が立った。笑って勝ってみせたかった。矢野監督の姿勢に共感する。今月57歳となった。大阪紙面の『内田雅也の追球』は14年目を迎えている。

続きを表示

この記事のフォト

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年2月17日のニュース