中畑氏 横浜で父墓前に監督就任を報告

[ 2011年12月9日 06:00 ]

神妙な表情で先祖代々の墓に参る本紙評論家の中畑清氏

 新生横浜DeNAの初代監督に就任する中畑清氏(57)が8日、横浜市内にある亡き両親の墓前を訪れ指揮官としての熱い決意を報告した。この日、高田繁ゼネラルマネジャー(66)から正式に就任要請を受けた中畑氏は、恩師である巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(75)にも報告。9日には横浜市内のホテルで就任会見を行い、正式に「DeNA監督・中畑清」が誕生する。

 気持ちは固まった。鎌倉市で親戚の法事に出席した中畑氏は、その足で横浜市戸塚区の高松寺を訪れた。祖父母、両親が眠る墓に決意を伝えた。

 「やっといい報告ができた。おとうはきっと喜んでくれていると思う。おっかあはうれしいのと心配なのと半々かなあ」。縁を感じる。福島県矢吹町に生まれ育ったが、駒大を卒業して巨人に入団するまで横浜市戸塚区上倉田が本籍地だった。中畑家のルーツは横浜市にある。祖父・光一さんは戸塚で土木建築「中畑組」を経営。横浜生まれの父・辰雄さんは疎開先の福島県で母・ナミさんと出会い、そのまま矢吹町にとどまった。

 戦後、瓦の製造業で羽振りがいい時期もあったが、瓦の原料となる土質が悪く経営破綻。牛を1頭譲ってもらって酪農を始めた。9人きょうだいの8番目。生まれた当時の54年1月は経済的にどん底で、ナミさんは雪の降る寒い日にボロボロの牛舎で星を見ながら中畑氏を産んだという。

 「だから俺はジャパニーズ・キリスト。馬小屋と牛舎の違いはあるけどね」。そんな中畑氏が忘れられないのが小学4年生のクリスマスだ。枕元に新品の革製グラブが置いてあった。そのグラブで三塁を守り始めた時、辰雄さんのアドバイスは「キヨシ、速い打球が来たら逃げるんだぞ」。言われたら、その反対をする性格を見抜いての助言だった。父から「男なら勝負しろ。こんなチャンスはもうないかもしれんぞ」と言われたのは巨人に入る時だった。もっと上位指名かと考えていたものの、順位は3位。すねて社会人に行こうと考えたが、強く背中を押された。

 「おとうは今回も同じように言うと思うな。あした皆さんにもはっきりお伝えします」

 中畑家ゆかりの横浜を本拠地とするベイスターズ。横浜DeNA初代監督は9日、所信を表明する。

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