奥原希望 究極の“ど根性伝説”「迷ったら厳しい道を行け」父は教師、圭永さんと二人三脚
2020THE STORY 飛躍の秘密
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バドミントン女子シングルスで16年リオデジャネイロ五輪銅メダリストの奥原希望(24=太陽ホールディングス)は、根っからの負けず嫌いだ。異例のプロ転向で東京五輪の頂点を目指す日本のエースは、いかにして世界と伍(ご)する粘りのラリーを身につけたか。幼少期に二人三脚で歩んできた父・圭永(きよなが)さん(60)の証言を基に、奥原の血肉となっている“ど根性伝説”をひもといた。
その少女は、20年に東京五輪が開催されることを知らない。ただ毎日、猛練習をすることに精いっぱいだった。北アルプスを望む長野県大町市には、有名な“スポ根一家”があった。後に日本初のシングルス五輪メダリストを生む奥原家だ。「迷ったら厳しい道を行け」――。大町北高の物理教師だった厳格な父・圭永さん(現・松本筑摩高教諭)の教えを受ける3きょうだいの末っ子が希望だった。
圭永さんは振り返る。「長女、長男も含め3人とも負けず嫌いでしたが、一番、前面に出して悔しがるのが希望だった」。幼稚園の頃、きょうだいでの百人一首の勝負に交ざり、旧字体の字も分からないのに必死にカルタを探した。「字が読めないから嫌!」と言いながら負けては泣いた。何をやっても姉、兄にはかなわない。それでも圭永さんは「負けてもしょうがない、と希望は思わなかった」と語る。
ラケットを握ったのは、大町南小1年の時。バドミントン部顧問だった父に子守がてら高校の体育館に連れていかれた。最初は遊びだったが、2年時に「全国小学生ABC大会」につながる県大会に出場。わずか6人の大会で全国切符を手にした。「それなら、しっかり練習しよう」。高校生の練習後に、父、姉、兄と真剣に競技を始めた。
勝負師としての本能が、初めてむき出しにになった出来事がある。小学3年時のマラソン大会。優勝候補の奥原を写真に収めようと、圭永さんはカメラを構えた。号砲が鳴り、シャッターを連写したが、なかなか娘が画面に入らない。肉眼で確認すると、スタート直後に右足の靴が脱げた娘は、他の児童と逆方向に猛ダッシュしていた。だが、そこからが負けず嫌いの真骨頂。 「大泣きしながら、あれよあれよといううちに2位になった」と圭永さん。「よく頑張ったね」とねぎらってもらった奥原だが「勝てなかった…」と落ち込んだ。圭永さんは「この子は負けず嫌いだと初めて思った」と笑う。
奥原家では、年賀状に全員の所信表明を記すのが習慣になっている。3年の夏、自信をつけて再び全国小学生ABC大会のコートに立ったが、奥原は1勝もできずにボロ負け。いつものように号泣した。その冬。奥原は翌年の年賀状に「全国ベスト8」と書いた。家族の「恥ずかしいからやめて」という助言にも聞く耳を持たなかったが、有言実行で4年時に3位に輝いた。高い目標を打ち立て、それを超えていく姿勢は、今につながっている。
小学校高学年になると、奥原の才能は開花し始める。ピアノや英語、スイミングに、冬はスキー。いろいろな習い事を諦め、家庭の中心はバドミントンになった。小学校から帰宅後、祖父母のどちらかが大町北高まで車で送る。「ただいま」を言うのは、圭永さんが勤めた高校の物理準備室。そこで宿題や仮眠を済ませ、同高バドミントン部と奥原家4人が午後9時まで汗を流した。お風呂に入って夜食を取り、消灯は10時というストイックな生活。当時の身長は1メートル40ほど。真っ向勝負では劣勢となる奥原は、毎日1000本ほどの厳しいラリーに耐え、現在のスタイルにつなげていった。
6年生になると、高校生とも互角以上に渡り合うようになった。試合のない休日は午前9時から午後5時まで高校生に交じって練習。「お昼も部室で食べようよ」。そんなふうに高校生からかわいがられていた奥原に、ある“事件”が起きた。高校生との試合後、ふてくされたようなあいさつの態度を取り、練習態度も悪かった。それを見た圭永さんは激怒。帰宅後に、大声を張り上げた。「今日の態度は何だ。バドミントンやめろ!」。泣いて謝る娘に、厳格な父は言った。「口では誰でも言える。態度で示せ」
奥原は泣きながら縄跳びを握りしめ、家の玄関で二重跳びを始めた。その時、圭永さんは知人からの電話を受け、1時間ほど話し込んだ。電話を終えた父はある音に気づく。バタバタ、バタバタ…。二重跳びの音だ。「まだ跳んでいたのか…」と慌てて止めると、奥原はその場にバタッと倒れ込んだ。両足裏の皮はむけ、水ぶくれの状態。奥原家では語りぐさとなっている事件だ。圭永さんは「親バカなんですけどね、感動してしまった」と言い「精いっぱい応援してやろう」と心に決めた。奥原も「父親に負けたくなかった」と苦笑いで振り返る。
幾多の“ど根性伝説”を生んだ奥原は、6年時の06年「ANAアジアユースジャパン」で優勝を果たし、スターダムへ駆け上がっていく。地元の仁科台中から強豪・大宮東(埼玉)へと進み、11年には史上最年少の16歳8カ月で全日本総合選手権を制覇。度重なる大ケガにも負けずリオ五輪銅メダルを獲得し、満を持して東京五輪での頂点を目指す。圭永さんは愛娘について「日常生活の全てが負けたくないことの連続でした」と言う。父と歩んだ日々が実を結ぶ最高の舞台は、来夏に迫っている。
《「自分の道を歩きたい」プロ転向号泣直訴》》奥原家には、知られざる1日があった。リオ五輪翌年の17年夏。奥原が突然、実家に帰省した。応接室の椅子に座ってかしこまっていた娘を見て、圭永さんは「結婚か…」と覚悟を決めた。だが、ボロボロ泣きだした奥原は「プロになりたい。バドミントン界を変えたい」と打ち明けた。
「うるさいおやじにまず許可を取らないといけないと思ったのでしょう」。そう振り返る圭永さんは反対し続けた。「東京五輪が終わってからでいいじゃないか。プロになったら、いつ、どこで、誰と練習するのか」。半年以上もかたくなに説得し続ける父に、奥原は言った。
「お父さんに感謝している。私は不器用だから用意してもらった道で、ただ、ひたすら頑張ってきた。でも、これから私は自分の道を歩きたい」
その言葉を聞いた父は翻意した。昨年12月にプロ転向を表明した奥原は、日本ユニシスと涙の決別。今年1月からプロとして個人活動に打ち込み、8月の世界選手権では銀メダルを獲得した。「東京五輪へ全てをささげたい」。あの家族会議から、奥原の新たな挑戦が始まった。
《“東京切符”は最大2枠、選考レース真っただ中、現在山口に次ぐ2番手》現在は来年4月まで続く五輪選考レースの真っただ中だ。世界ランク3位の奥原は、順当にいけば同1位の山口茜(再春館製薬所)とともに最大2枠の出場権獲得が濃厚。8月の世界選手権で銀メダルだった奥原は17日、中国オープン1回戦でリオ五輪金メダルの同24位マリン(スペイン)に敗れ、次戦は韓国オープンとなる。東京五輪は日本の両エース、リオ銀メダルのプサルラ(インド)、陳雨菲(チェンユーフェイ、中国)らで争われることになりそうだ。
◇奥原 希望(おくはら・のぞみ)1995年(平7)3月 13日生まれ、長野県大町市出身の24歳。大宮東高、日本ユニシスを経て今年1月からプロとして太陽ホールディングスと契約。シングルスで12年に世界ジュニア選手権優勝。15年にスーパーシリーズ・ファイナル制覇。16年リオ五輪銅メダル。17年世界選手権では日本勢初となるシ ングルス覇者となった。1メートル56、52キロ。
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