武田&浦組 逆転代表!やり直し選考レースで連勝

[ 2012年4月7日 06:00 ]

男子軽量級ダブルスカル第2レースで須田、西村組を破ってロンドン五輪アジア予選の代表に決まり笑顔の武田(手前)、浦組

ボートロンドン五輪アジア予選代表選考再レース

(4月6日 埼玉・戸田漕艇場)
 逆転勝訴だ。日本スポーツ仲裁機構(JSAA)からやり直しを命じられた男子軽量級ダブルスカルの代表選考が、2000メートルの3戦2先勝方式で行われた。仲裁申立人の武田大作(38=ダイキ)浦和重(36=NTT東日本東京)組が、須田貴浩(31=アイリスオーヤマ)西村光生(22=NTT東日本東京)組に連勝して代表に決まった。武田・浦組はアジア予選(26~29日、韓国・忠州)で3位以内になれば、ロンドン五輪代表となる。

 武田が差し出した左手を、浦が力強く握り返した。2000メートルで先に2勝すればアジア予選代表に決まるマッチレースで須田・西村組に連勝。武田が「必ず正義が勝つという思いがあった」と言えば、浦は「武田さんの思いに応えられて良かった」とむせび泣いた。

 須田・西村組が代表に決まった昨年11月の選考会で補欠になった武田は、意図的に若手を代表にしたとも取れる日本ボート協会の不透明な選考過程に納得がいかず、JSAAに仲裁を申し立てた。五輪絡みの仲裁では初めて申立人の主張が認められ、日本協会は選考結果の取り消しを命じられた。3月6日に須田・西村組とのマッチレースが決定したが、この時点で浦は代表引退を決意。「戦う精神状態じゃなかった」と言うが、武田の説得に応じ、左肋骨疲労骨折の疑いがありながら本番に間に合わせた。

 武田・浦組は04年アテネ五輪で6位入賞。ベテランの底力を若手ペアに見せつけた。使い慣れた艇ではなく、武田の知り合いの艇を借りての参戦も関係なし。「一番の勝因は気持ち」と武田は胸を張ったが、再レースに敗れた須田・西村組に対しては「彼らも被害者」と思いやった。

 日本協会によると、実力を発揮すればアジア予選の3位以内は確実という。日本男子では最多となる5大会連続五輪に王手をかけた武田は、「ロンドンで勝つことがゴールかな」と力を込めた。不透明な選考に打ち勝ってクリアになった視界には、日本ボート界初のメダルが見えている。

 ▽アジア予選の代表選考は昨年11月、候補選手6人がペアを代えながらレースをし、計10レースの平均タイムで上位2人を選ぶ方式で行われた。浦が1位、武田が2位だったが、最下位だった選手と組んだレースを除外した平均タイムで選ぶ方法に変更され、武田は3位で補欠、浦は4位に。武田がJSAAに仲裁を申し立て、2月27日にJSAAは「選考過程が著しく合理性を欠くものだった」と判断し、日本ボート協会に選考結果の取り消しを命じた。3月6日、同協会は西村・須田組と武田・浦組のマッチレースでの再レースを行うことを発表した。

 ◆武田 大作(たけだ・だいさく)1973年(昭48)12月5日、愛媛県出身の38歳。全日本選手権男子シングルスカルで11度優勝。五輪は96年アトランタでシングルスカル20位、00年シドニーは長谷とのペア、04年アテネは浦とのペアで6位。08年北京は浦と組んで13位。1メートル78、73キロ。

 ◆浦 和重(うら・かずしげ)1975年(昭50)11月10日、福岡県出身の36歳。武田と組んで五輪に2大会連続出場し、04年アテネは6位入賞、08年北京は13位。シングルスカルで出場した05年世界選手権では参考記録ながら世界記録をマーク。1メートル80、72キロ。

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