内田篤人独占手記 コンフェデ杯で「本気のブラジルとやれる」

[ 2013年6月5日 08:32 ]

<日本・オーストラリア>ディフェンスする内田

W杯アジア最終予選B組 日本1―1オーストラリア

(6月4日 埼玉)
 W杯出場を決められてよかった。本当なら勝ちたかったけど、向こうも必死にやってきたわけですから。最後のみんなの顔を見ると、決まったんだなと実感しています。うれしいというよりもホッとする部分の方が大きい。グループの2、3位とは差がある中で戦ってきたし、3月にヨルダンには負けたけど予選を通して苦しんだわけでもなかったので。ここで決めないと、という気持ちよりホームのサポーターの前でひどい試合はできないという方が強かった。

 南アフリカW杯の出場を決めたウズベキスタン戦は欠場だった。「ブラジルW杯の出場を決める試合ではピッチに立っていたいのでは?」と何度も聞かれたけど、自分の中では特別に意識することはなかった。

 日本が初めてW杯を決めた試合はライブでは見てません。当時は小学生だったから、親から「早く寝なさい」と言われて、出場を決めた瞬間は眠りの中。もちろん、中田さんのシュートをGKがはじいて、そこに岡野さんが詰めた場面は後から映像で見て覚えてはいますけど…。ドイツW杯の時も見ていない。あのときは、高校生で遠征で日本にいないことも多く、日本にいる間は結構、勉強しなきゃいけなかったから机に向かっていたんだと思う。

 5大会連続でW杯を決められたし、11年アジア杯で優勝したことで、日本はアジアの中で抜けた実力があると感じるかもしれない。でも、ちょっと前まではオーストラリア相手にも苦戦していたわけだから、楽観的に考えては駄目。もっと強くなる必要がある。

 今回の予選では、試合によってケガなどで出場できない選手もいたけど、まずはどんなメンバーでも試合の流れをコントロールできる力を身に付けないと。そういう力がないまま、W杯に進んでも意味がないし、良い結果は望めない。この後コンフェデ杯もあるし、欧州などの強豪と親善試合もあると思うので、焦らずにやっていきたい。

 どの国と対戦したい??と言われても僕の性格上、困る…。ただ、幼稚園のときに、父に「最も強い国はどこ?」と聞いたら、ブラジルだと教えられたので、そのイメージは凄く強い。だから、本気のブラジルとやれるチャンスがあるのならば楽しみです。(日本代表DF)

 ◆内田篤人(うちだ・あつと)1988年(昭63)3月27日、静岡県生まれの25歳。清水東から06年鹿島入り。10年7月シャルケへ3年契約で完全移籍。J1通算124試合3点。ブンデスリーガ通算90試合1点。08、09年Jリーグベストイレブン。08年北京五輪、10年W杯南アフリカ大会出場。1メートル76、65キロ。

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