本田がW杯決めた!ド根性ド真ん中PK 亡き祖父へ手向け弾

[ 2013年6月5日 06:00 ]

<日本・オーストラリア>後半44分に同点のPKを決めた本田

W杯アジア最終予選B組 日本1―1オーストラリア

(6月4日 埼玉)
 決めたのはやはり本田だ。日本代表はホームでオーストラリア代表と対戦し、1―1で引き分けた。後半36分に失点したが、MF本田圭佑(26=CSKAモスクワ)がPKを獲得。6万観衆の期待を背負ったロスタイムに、ゴールど真ん中に蹴り込んだ。5月に祖父が死去し、昨秋生まれたばかりの長男と、ロシアからとんぼ返りで葬儀に参列した。日本を歓喜に導くそのゴールは亡き祖父への手向け、そして公式サイトでファンに公にした子供への父の威厳を示す値千金の一撃となった。日本はB組1位で最終予選を通過し、3大会連続の世界最速で、5大会連続のW杯出場を確定。ホームでの本大会出場決定は史上初となった。チームは今後、11日のW杯最終予選のイラク戦を経て、15日に開幕するW杯前哨戦のコンフェデ杯(ブラジル)に臨む。

 歓喜の渦がスタジアムを包む中、本田はイレブンの輪から離れた。ひざまずき両手を天に掲げる。日本を5大会連続のW杯へと導くゴール。そこにはどうしても報告したい人がいた。

 1点を追う後半終了間際。絶体絶命の状況下、自らのクロスを相手DFマケイがハンドし、PKを得た。本田は当然のようにボールをセットする。大きく息を2度吐き、助走を取った。左足を振り抜いた。次の瞬間、ゴールど真ん中のネットが揺れた。「(サポーターの)皆さんがかなりプレッシャーをかけてくれた。緊張していたんでね。真ん中蹴って捕られたらしゃあないな、という気持ちで蹴りました」。時間は既にロスタイムに突入。重圧は計り知れない。日本中のサポーターの期 待、そして自らの思いを乗せた左足が外すわけはなかった。

 “祈り”のポーズについて、FIFAのインタビューで「個人的な思いがあった」と明かした。5月に祖父の満さんが81歳で亡くなった。故障続きで戦線を離脱していた本田は、昨秋に誕生していた長男を連れて極秘帰国したという。祖父は厳しく、そして優しく本田の背中を押してくれた。先祖の墓がある大阪・箕面公園。訪れた市民に猿がいたずらをすることで知られ、持ち物を取られた幼い本田は「戦ってやる」と意気込んだという。

 実際には車の中で尻込みすることもあったが、そんな時に背中を押したのが満さんだった。「一度戦うと言ったんやったら行ってこい!」と車から放り出されたこともあった。G大阪ジュニアユースに所属していた中学時代、昼寝をしていると「今頃ブラジルの子は必死で練習してるで。そんなんじゃプロになれんわ」とハッパを掛けたこともあった。天国の祖父に何より惜別の気持ちを示したかった。

 本田にはアスリートの血が脈々と流れている。満さんの弟である本田大三郎さん(78)はカヌー選手として東京五輪に出場した。レスリングで五輪に3度出場したプロレスラーの本田多聞(49)も親戚だ。そんな一族で培われたのは逆境をチャンスに変える力。大三郎さんはW杯切符を勝ち取った本田の姿に「ここ数年で成長している。ケガが多いことが成長させてくれたのでは。ケガは神様からの贈り物。どう対応するか。自分を見つめるチャンス」と明かす。その思考法は常々「ケガはチャンス」と話す本田にも共通する。

 1日のロシア杯決勝で戦列復帰したばかりだが、故障の影響を感じさせずトップ下→1トップ→トップ下と何度もポジションを変えながらフル出場。後半36分に不運な失点で先制を許したが、香川と「俺らがスペースをつくりながら相手ゴールに迫っていこう」と話し合って攻撃を繰り返し、PK奪取につなげた。強じんな精神力はカズの記録を超えるW杯最終予選5得点の日本記録も呼び込んだ。

 15日(日本時間16日)からは各大陸王者などが集うプレW杯のコンフェデ杯がブラジルで開幕する。本田はファンに「皆さんはあんまり期待してないかもしれないですけど、僕は優勝するつもりで行くんで」と宣言した。来年のW杯ブラジル大会に向けてもかねて優勝を公言。アジア連盟の機関誌で「俺はW杯で優勝するチャンスがあると思っている。なぜなら多くの国が日本戦は簡単だと思うから」と語った。自分たちの現在地を認識し、そこから逆算して勝機を見いだす。1年後のイメージは出来つつある。

 「まだ成し遂げていない夢がたくさんある」

 Rマドリードをはじめとするビッグクラブへの移籍、W杯優勝、そして世界一のサッカー選手…。本田の夢はまだまだ終わらない。試合後の取材エリアでは普段の試合と同じように「しゃべらないっすよ」と笑いながら一言だけ残して通り過ぎた。W杯出場を決めた試合も、通過点でしかない。

 ≪カズ超え最終予選5ゴール目≫本田が後半ロスタイムにPKで同点弾。これで最終予選は通算5点目。W杯最終予選の1大会5得点は94年、98年大会予選の三浦知の4得点を上回り、本田が最多得点となった。

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