「エール」朝ドラ超えた戦場描写にネット衝撃 藤堂先生ロス広がる 森山直太朗熱演の裏側「途方に暮れた」

[ 2020年10月14日 08:15 ]

「エール」森山直太朗インタビュー

連続テレビ小説「エール」第88話。撃たれた藤堂先生(森山直太朗)を介抱する裕一(窪田正孝・左)(C)NHK
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 俳優の窪田正孝(32)が主演を務めるNHK連続テレビ小説「エール」(月~土曜前8・00、土曜は1週間振り返り)は14日、第88話が放送され、シンガー・ソングライターの森山直太朗(44)演じる主人公・古山裕一(窪田)の恩師・藤堂先生が戦死した。ビルマ(現ミャンマー)に音楽慰問した裕一と6年ぶりの再会を果たしたものの、狙撃兵の銃弾を浴び、教え子の胸の中で息を引き取った。裕一を音楽の道に導いた恩師の無念の死に、インターネット上には悲しみと涙に暮れる視聴者が続出。「藤堂先生ロス」が広がった。森山に熱演の舞台裏を聞いた。壮絶なまでの生々しい戦場描写に「朝から号泣。戦争をここまで描くとは思わなかった」「朝ドラの域を超えている」「朝ドラ史上、最もリアルに戦争の残酷さを描いたかもしれない」などの声も相次ぎ、視聴者に衝撃を与えた。

 SNS上には「朝から『エールがつらくて号泣」「今から仕事なのにボロ泣きしてえらいこっちゃだわ」「つらすぎて涙さえも出ない」「今日はさすがに言葉が出なかったわ。1話で(藤堂先生の)墓があったから予想はしてたけど、こんな苛烈に描かれるとは」「朝ドラ史に残る回だった」「見ていて声が出ない。朝ドラ史上、最もリアルに戦争の残酷さを描いたかもしれない。『知らなくていいこともある』という兵士の言葉に優しさを感じる」「朝ドラでは、これまで描かれなかった『野火』のような生々しい戦場のシーン。しかも、あのインパール作戦。藤堂先生は裕一のそばで命を落とした。戦争を知らない、忘れて風化していく今だから、あえて描いたのだな。この悲惨さを」などの書き込みが続出した。

 今週第18週の脚本も執筆したチーフ演出の吉田照幸監督(50)は「覚悟を持ってやりましたが、朝に見ていただく、朝の食卓に届けるドラマなので、戦場をどこまで描くかについては躊躇(ちゅうちょ)や迷いもありました」。それでも、裕一が戦後に名曲「長崎の鐘」などを生む大きな背景となる第18週は今作最大のヤマ場の1つ。凄惨だが、リアルな戦場描写に徹底した。

 新型コロナウイルスによる撮影休止期間中、一度出来上がった台本を書き直し。「やっぱり、抗しがたい悲劇どうにもならない悲劇というものがあるんだ、と。自分が体験したことがないものなので、どうやって台本に込めたらいいのか、考え抜きました。戦場シーンの描写も当初の構想より、かなり鮮烈になりました。特にコロナ明けの撮影だったので、僕だけじゃなく、みんなの中にも覚悟みたいなものがあったのかなと思います。窪田さんも入り込んでいて、アドレナリンが出たとおっしゃっていました」と明かした。

 朝ドラ通算102作目。男性主演は2014年後期「マッサン」の玉山鉄二(40)以来、約6年ぶり。モデルは全国高等学校野球選手権大会の歌「栄冠は君に輝く」などで知られ、昭和の音楽史を代表する作曲家・古関裕而(こせき・ゆうじ)氏(1909―1989)と、妻で歌手としても活躍した金子(きんこ)氏。昭和という激動の時代を舞台に、人々の心に寄り添う曲の数々を生み出した作曲家・古山裕一(窪田)と妻・関内音(二階堂ふみ)の夫婦愛を描く。

 第88話は、1944年(昭19)夏。福島三羽ガラスと藤堂先生(森山)の別れ(第74話)以来、裕一(窪田)は6年ぶりに恩師に再会。翌日に行う兵士慰問コンサートに向け、楽器が弾ける兵士たちを集め、急ごしらえのメンバーながら音楽隊を結成し、練習を始める。ラングーン滞在中に裕一が兵士たちのために書いた曲「ビルマ派遣軍の歌」を高らかに歌う藤堂先生。音楽を通じて皆の気持ちが通じ合い、腹を割って話をした翌日。思わぬ悲劇が部隊を襲う…という展開。

 (※以下、ネタバレ有)。

 コンサート本番前。最後の練習を始めようとした時、乾いた銃声。狙撃兵に襲撃された駐屯地は、一瞬にして修羅場と化した。藤堂先生は裕一をトラックの下に押し込み、応戦。しかし、腹部に被弾。裕一はトラックの下から抜け出し、藤堂先生を抱いて土のうの陰に運ぶ。

 藤堂先生「古山…。すまん、オレのせいで」

 裕一「(首を振り)何言っているんですか、先生。僕は僕の意思で来たんですから。先生のせいじゃありません」

 藤堂先生「手紙は…。手紙持っているか?」

 裕一「手紙…。手紙、ここ(胸)にあります。ちゃんと、ここにありますから」

 藤堂先生「最後に、おまえに会えてよかった…」

 裕一「先生、そんなこと言わないでください。先生、一緒に帰りましょう」

 藤堂先生「昌子と憲太、頼む…」

 裕一「嫌だ嫌だ嫌だ。嫌です」

 藤堂先生「もう一度、会いたかった…」

 裕一「先生…。ウソウソウソウソウソ。ウソだ!先生!」

 語り(津田健次郎)「それから間もなく、インパール作戦は終了となりました。およそ9万の将兵が投入されましたが、生還者は1万数千人しかいませんでした」

 藤堂先生のモデルの1人になったのは、古関氏の小学校の担任だった遠藤喜美治先生。制作統括の土屋勝裕チーフプロデューサーは「遠藤先生は音楽教育に情熱を注がれた古関さんの恩師。ただ『エール』の藤堂先生は、さまざまな要素から出来上がった架空の人物です。遠藤先生が実際に戦地に行って亡くなったということはなく、今回の藤堂先生の最期はドラマの創作部分になります」と説明。藤堂先生が出征する展開については「最初から決まっていたわけではなく、撮影が始まってみると、序盤の子役との絡みなど、森山さんのお芝居にどんどん惹きつけられて、藤堂先生の役割が大きく膨らんでいった結果です」と森山の演技が決め手になったと明かした。

 森山は「この週の台本を読み、胸がきしみました。藤堂先生なら音楽ですが、志半ばで出征しなければいけないという現実に対する思い、あるいは最愛の人を見送らねばならない側の葛藤は本当に計り知れません。だから、出征する藤堂先生を演じることになった心境としては、本当に途方に暮れました」と悲劇への第一印象。

 劇中、「ビルマ派遣軍の歌」「暁に祈る」を歌ったが「曲がりなりにも歌手をしているので、こういう楽曲と向き合う、あるいは、その歌詞を自分なりに解釈するというのは、大変意味を持つ行為。僕のように戦争に対してリアリティーのない人間が本当に歌っていいものなのか。歌い切れるのか。かなり考えました。それによって傷つく人もいるかもしれません。非常にシビアな場面だと思って臨みました」と悩んだことも打ち明けた。

 新型コロナウイルスの影響により4月1日から休止中だった収録は6月16日、2カ月半ぶりに再開。今回の戦場シーンは6月下旬、スタジオを飛び出し、千葉県内の山林で行われた。

 「ビルマは餓死で亡くなった人がたくさんいたと聞き、可能な限り空腹状態にして撮影に臨みました。それに、コロナ太りしたこともあり(笑)、ホテルに籠もっているとモヤモヤしてしまうので、ロケ期間中は毎日、夕暮れ時に外を走りました。もともと走るのは好きで、この時は戦時歌謡も覚えながら10キロぐらい。ホテルを出ると周りは田畑で、暗くなってくると人っ子一人いませんし、カエルの大群とかに遭遇したりして、本当に怖いんです。戦場にいた人たちも毎晩、飢えや外敵、死に対する恐怖と闘っていたと思います。外敵も敵国に限らず、動物に襲われるかもしれない。比にはならないですが、少しは同じような感覚を得られたんじゃないでしょうか」。計算外ながら、ランニングが役作りに結びついた。

 戦場シーンの終盤は撮影直前に雨が降り「映画『プラトーン』とかで目にしたような戦場、リアルな湿地帯が広がっていて。僕もある種、朦朧(もうろう)としていましたし、逆に裕一の方が半狂乱のあまり死んでしまうんじゃないかというぐらい、窪田君は迫真の演技でした」。吉田監督からは「きっと藤堂先生は最期まで先生として、不器用な優しさで裕一に接していたんじゃないかな」という趣旨のアドバイス。藤堂先生が息を引き取る場面は当初、刑事ドラマの殉職のようなイメージがあったが「最期はもう、安らかでいいんだ、と。だから、すごく清々しい死に際だった気がします」とラストシーンを振り返った。

 朝ドラ初出演はもちろん、連続ドラマへのレギュラー出演も「エール」が初。長丁場の演技経験は大きな財産となった。

 「古関裕而さんという我々が物心つく前から大変影響を受けている先人の物語に参加することができて大変光栄ですし、藤堂先生という役を頂けて本当に感謝しかありません。それに、ほとんど初体験のドラマの現場は異国を旅するのと同じぐらい新鮮で、素晴らしい場所に身を置かせていただきました。僕は今、44歳なんですが、この年齢になってに新しい景色に触れることができたということが、自分の創作や表現にどれだけの影響を及ぼすか。それは自分の経験上、分かっています。年齢を重ねれば重ねるほど、新しいことへのチャレンジは怖かったりしますが、今回はそのハードルを越えることができました。今後の音楽活動にとっても舞台表現(音楽と演劇を融合した劇場公演を05、12、17年と開催)にとっても、本当に意義深いものなったと思います。役者さんの集中力は一瞬を捉えます。僕には、まだ全然マネできません。コンサートは2時間半ありますが、これぐらい集中しないとダメだな、と身につまされるものがありました」

 今後の俳優業については謙遜しながらも「お芝居にハマったり、やめられない面白味や醍醐味。今回の戦場シーンをはじめ、みんなと一緒に1つのものを作る楽しさ。何かに憑依して、自分以外の人間を演じることの難しさとやり甲斐。そういうものは『エール』を通じて肌で感じているので、また良いご縁があれば。そういう出会いは、きっと自分の幅を広げたい時とかに引き合ったりするもの。俳優業と言えるほどのものはないですが、これからも表現者として成長していければと思います」と展望。「エール」と藤堂先生で新境地を開拓した森山の次回作が期待される。

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