志村けん ドリフのリーダー、いかりや長介さんを初めて語る「師匠として間違いなかった」

[ 2019年4月6日 00:37 ]

志村けん
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 タレントの志村けん(69)が5日放送のTBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへSP」(金曜後8・57)に出演、2004年に72歳で亡くなった「ザ・ドリフターズ」のリーダー、いかりや長介さんについて、涙ながらに「師匠として間違いなかった」と語る場面があった。

 いまや国民的コメディアンとして知らない人がいない志村だが、芸能界入りのきっかけは高校3年生のとき、いかりやさんの自宅にアポなしで押しかけ、「(ドリフの)付き人をさせてください」と直談判したことだった。「あまりの顔面の迫力に押された」という志村だったが、1週間後、いかりやさんから呼び出された。「お前、雇ってやる」と言われ、芸人人生がここからスタートした。

 番組では、志村の生い立ちから現在までの軌跡を2時間にわたって特集。「素で出るのが苦手でじっくり話す番組にはほとんど出たことがない」という志村は照れ笑いを浮かべてスタジオに登場した。

 最高視聴率50%超でお化け番組と言われた「8時だョ!全員集合」に24歳で初出演したときは「見習い」メンバーだった。テロップにも「見習い 志村けん」と表示されていた。「舞台に出ても、なんだこいつは?という空気だった」と振り返る。

 ところが、打ち合わせのときに口ずさんでいた「東村山音頭」を舞台でやってみると、チビっ子たちに大うけ。その後、「ヒゲダンス」「カラスの勝手でしょ」などのギャグでブレークし、いつの間にか、ドリフを背負って立つようになった。

 だが、裏番組の人気に押され、「全員集合」もまもなく終えんを迎えつつあった。そんなあるとき、地方巡業でいかりやさんから「ちょっと飲もうか」とバーに誘われた。「どうしたんですか、最近、(いかりやさん)らしくないですよ」と気遣う志村に向かって、いかりやさんは「オレはもうしんどいよ。お前がドリフをまとめてくんないかな。お前もこの年になるとわかるよ」と言われた。強いリーダーだったいかりやさんが初めてこぼした弱音だったという。

 1985年、「全員集合」が16年の歴史に幕を下ろした後、いかりやさんは俳優業に転身、志村とはめったに会うことがなくなった。

 最後に共演したのはいかりやさんが亡くなる数カ月前、「40年だよ!ドリフ大爆笑」の収録だった。オープングでは5人がそろって歩くシーンがあるが、自宅に戻ってきたいかりやさんは「(足並みを)そろえないんだよな。志村だけがピタッと合わせてきた」と振り返ったという。「そういう細かいところを見る人だったね」と志村。

 また、同じころ、いかりやさんが志村の舞台を、自腹でチケットを購入し、こっそり見に来ていた。終演後、気づいたスタッフが楽屋に誘ったが、断って帰ったという。「一言、感想を言ってほしかった。面白かったぞとか、頑張れでもいいから…」

 番組の最後に「志村さんにとっていかりや長介さんはどんな人?」とMCの中居正広(46)に聞かれると、無言のまま涙が頬を伝わった。

 「お笑いって難しいけど、それに向かって一生懸命だった。(一緒に歩めて)良かったと思います。師匠として間違いなかったですね」と万感の思いで語った。

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