【内田雅也の追球】「苦楽しい」世界へ 

[ 2021年2月1日 08:00 ]

阪神が1軍キャンプで使用する、かりゆしホテルズボールパーク宜野座(写真は昨年)

 「苦楽(くるたの)しい」は小説家・遠藤周作の造語である。臨床心理学者・河合隼雄との対談で「小説を書くというのは苦楽しいことです」と語っている。

 苦しくて、楽しい。

 河合は「苦と楽は表裏一体。幸福とは苦難がないことではない。苦難に負けないことだ」と解説している。

 苦しいことを避けてばかりいては、本当の幸せにたどりつけない。苦しみと楽しみを一緒にやっていくことが、幸福にたどり着く道なのだろう。

 人生と似る野球である。「苦楽しい」にヒントがある気がする。

 かつて「パ・リーグのお荷物」と呼ばれた弱小の近鉄一筋、実に317勝をあげた鈴木啓示(本紙評論家)に聞いた言葉を思い出す。指導する少年野球チームがなかなか勝てないと打ち明けると「だから、おもしろいんやないか」と諭された。「簡単に勝ったりしたらおもしろくも何ともない。苦しんで苦しんで勝てるから楽しいんや」

 なるほど、そうやって鈴木は勝ち星を積み上げてきたのだ。プロ入り当初、藤井寺の寮を独り抜けだし、夜中に故郷・西脇の空に向かい「お父ちゃん、わし、負けてへんで」と誓い、走りに走った。そして勝った。本物は苦楽しいのだ。

 キャンプイン前日、阪神は沖縄・残波岬の宿舎に入った。新型コロナウイルス感染症がまん延するなか、まずは全員がそろって、キャンプを迎えられたことをよろこびたい。そして「苦楽しい」日々であることを願う。

 監督・矢野燿大は「苦楽しい」を知っている。今年はより決意が固い。

 「楽しむ」を掲げながら、昨季は開幕から2勝10敗と苦しみ、チーム内にコロナ感染者が出た。「楽しむのは本当は苦しい。苦しいなか、いかに楽しめるか。楽しむ努力をしたい」と語る。

 きょう1日、キャンプイン当日は本紙創刊記念日だ。1949(昭和24)年2月1日、創刊号が出た。タブロイド判4ページ、1部定価1円50銭だった。『創刊のことば』に<ここに「愉(たの)しい新聞」スポーツニッポンがうぶ声をあげます>とある。20人足らずの創刊メンバーは悪戦苦闘しながら「愉しい」新聞を作っていた。

 2007年2月1日に今のタイトルとなった当欄は15年目を迎える。書くことは苦しいが、しかし楽しい。ともに苦楽しみたいと決意を新たにした。 =敬称略=
 (編集委員)

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2021年2月1日のニュース