ダルの87球…キャッチボール投法で“最強右腕”証明 09年日本シリーズ第2戦

[ 2020年4月28日 05:30 ]

日本シリーズ第2戦   日本ハム4―2巨人 ( 2009年11月1日    札幌ドーム )

ダルビッシュは6イニングを投げ7安打2失点で抑えた
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 【忘れられない1ページ~取材ノートから~】日本ハム・ダルビッシュ有投手(当時23=現カブス)が満身創痍(い)の中で、驚きの投球を見せた。2009年11月1日、巨人と激突した日本シリーズ第2戦(札幌ドーム)。左腰、左臀部(でんぶ)痛から42日ぶりの「ぶっつけ登板」で、6回7安打2失点にまとめ、勝利投手になった。立ち投げのようなフォームでカーブを多投。「絶対エース」と呼ばれた右腕の凄さを振り返る。(横市 勇)

 プロ野球ファンならば、誰もが考えたことがあるだろう。「一番凄い投手は誰なのか」。独断だが、取材を通して見てきた中で「ダルビッシュがNo.1」と自信を持って答えたい。その根拠となるのが、09年の日本シリーズ第2戦にある。

 本当に大丈夫なのか。記者席から見たダルビッシュの姿に驚いた。いつもと違う。いや、全然違った。強じんな下半身を沈めながら体重移動し、ボールをリリースする瞬間にパチンとボディーターンする。これが本来の姿なら、この日はノーワインドアップから歩幅を狭め、上体だけに頼るフォームといえた。

 まるで、キャッチボールのようだった。手負いのエースは「腰を使わず手だけで投げた」と振り返った。左腰、左臀部に違和感を訴え、1カ月以上も戦列離脱。躍動感はなかった。直球は150キロを超えず、140キロ台前半が大半。130キロ台もあったが、87球で6回2失点にまとめた。

 登板直前だった。前年の08年日本シリーズで西武の岸がカーブを駆使して巨人打線を手玉に取ったことを思い出すと、自らインターネットで検索し、動画をチェックして最善策を模索。普段なら1試合で数球程度しか投げないカーブを、この日は19球も投じた。

 150キロを超える剛速球がなくても、抑えることができる。女房役の鶴岡からは「直球がストライクが入らないとどうにもならない投手が多いが、全部変化球でも組み立てられる」と聞いた。そんな万能さ、対応力も大一番で生きた。

 引き出しの多さと柔軟な発想は、ダルビッシュの専売特許といえる。上からだけでなく、横から投げたこともある。普段は三塁側からプレートを踏んで投げるが、一塁側に変えることもある。

 ダルビッシュの日本シリーズ登板は、報道陣、チームメートも不可能と思っていた。シーズン後の宮崎フェニックス・リーグで調整登板できず、CSも回避。日本シリーズ開幕3日前のブルペンを見た吉井投手コーチは「直球は見た感じ130キロぐらい。出来は20%」と悲観的だった。

 風向きが変わったのは、日本シリーズの開幕前日。球場内のブルペンでダルビッシュとスウィーニーが投球練習を行い、2戦目に向けて2人を同時に準備させた。夕方の監督会議では、梨田監督が巨人・原監督に「予告先発なし」を再確認。これで指揮官が、エースの登板を探っていることが判明した。

 極秘で進めていた電撃復帰。試合後のダルビッシュは「一世一代の投球ができた」と興奮気味だったが、一方で「せっかく、びっくりさせようとしたのに…」と悔しそうな表情も浮かべた。実は10月中旬、梨田監督との会談で「(日本シリーズも)投げられない場合だけ言ってくれ」と伝えられていた。誰もが不可能と思った中で、一人だけ諦めずに準備を進めていた。

 好投手の条件は、調子が悪いときに、どんな投球ができるのかだと思う。満身創痍、ぶっつけ本番、日本一を決める舞台――。これ以上ないほどの過酷な条件で、ダルビッシュは結果を残した。まさに超一流。「最強右腕」を改めて誇示した試合だった。

 ≪エース好投に梨田監督「凄い」≫スポニチ本紙1面はダルビッシュがガッツポーズを決め、自ら評した「一世一代」の見出しが躍った。試合前の先発を告げるアナウンスで「ダルビッシュ」の名前がコールされたときの大歓声はすさまじく、絶対エースが球場の空気を支配。巨人の強力打線はカーブを多投する「軟投」でかわされ、伊原ヘッドコーチは「ピッチングを知っているね。やられました」と脱帽した。1勝1敗のタイに戻した梨田監督は「あれだけ登板間隔が空いて、あれだけの投球ができるんだから凄い」と感謝した。

 ≪衝撃の後日談…右人さし指折れていた≫
【記者フリートーク】この話には、続きがある。それはメガトン級の「衝撃」だった。
 第2戦から9日後の11月10日、携帯電話に球団からメールが届いた。内容は「ダルビッシュ、疲労骨折」の発表だった。右人さし指の中節骨が折れていたのだ。10月28日から痛みがあったが、ダルビッシュは周囲に「違和感はあったけど、大丈夫と思っていた」と明かしたという。腰痛だけではなく、指も折れていたのかと驚いた。
 第7戦の先発を予定していたダルビッシュは、2度目のマウンドに上がることなく、チームは2勝4敗で日本シリーズを敗退。「6戦で負けていてよかったかもしれない」。あるコーチがこぼしたのも当然だった。
 あれから11年。メジャーでキャリアを積み、右肘手術も経験した今のダルビッシュならば、手負いの状態で登板しようとする若きエースに会ったら、どう言葉を掛けるだろうか。「頑張れ!」と背中を押すのか、それとも「無理するな」と伝えるのか。でも、ダルビッシュならば、きっとマウンドに上がるだろう。勝手に想像している。

 ◆横市 勇(よこいち・いさむ)埼玉県出身の48歳。95年入社。ロッテ、ヤクルト、日本ハムなどを担当。ダルビッシュ、大谷らを取材し、スポーツ部野球担当デスクを経て、今年から現場復帰。14年ぶりのロッテ担当で、ドラフト1位・佐々木朗希に密着する。

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