【タテジマへの道】岩崎優編<下>プロ意識し開花した“ドクターK”

[ 2020年4月28日 15:00 ]

清水東時代の岩崎優

 スポニチ阪神担当は長年、その秋にドラフト指名されたルーキーたちの生い立ちを振り返る新人連載を執筆してきた。今、甲子園で躍動する若虎たちは、どのような道を歩んでタテジマに袖を通したのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自宅で過ごす時間が増えたファンへ向けて、過去に掲載した数々の連載を「タテジマへの道」と題して復刻配信。第8回は13年ドラフトで6位指名された岩崎優編(下)を配信する。

 清水東(静岡)にいたダイヤの原石に、国士舘大・永田昌弘監督(55)は一目ぼれした。「球持ちが良くて、初速と終速に差がない」。知人の紹介で視察に訪れた日本航空(山梨)との練習試合に優は「4番・投手」で先発。圧巻の投球を披露するとともに、打っては本塁打も放った。

 「ぜひとも来てほしいな、と。でも清水東は進学校ですから、勉強で大学に行くのかな、と思っていた」。優も一時期、学力で大学に進もうと考えていたが、永田監督の誘いで人生のベクトルが変わり始める。うっすらプロへの意識もあったことから、実力を試せる「戦国東都」への挑戦を決意した。

 弱点も多かった。当時は直球と変化球では腕の振りがまったく違った。この悪癖はなかなか修正されず、永田監督も四苦八苦。ただ、持ち前の腕のしなりは本物だった。2年春から登板機会をもらった。「東都では、代打陣に左打者が多かったですから」。リーグ戦では試合終盤でのワンポイント起用も増えた。

 指揮官も優本人も「忘れられない」と口をそろえる一戦がある。2年夏、富士大とのオープン戦だ。4イニングを投げ、おもしろいように三振を奪った。計8個。見せ球のチェンジアップがさえた。

 3年秋、9試合に登板し、28回2/3を投じて30奪三振。防御率は0・94を誇り、東都2部の部門2位に食い込んだ。そして4年生に進級しようかというある日、優は永田監督にある誓いを述べた。

 「今年1年、プロを目指して頑張りたい」

 くっきりと目標を最高峰の舞台へ向けたことから、優の練習への取り組みも変わった。毎日1時間近く徹底的な走り込みを敢行。長距離走、短距離走、インターバル走。足腰は見違えるほどたくましくなった。

 今春のリーグ戦でも快投を続け、11試合に登板。56回1/3で投球回数を大幅に上回る60奪三振。スカウト陣の視線も気になりだした今夏、慶大とのオープン戦でその評価は確かなものとなった。

 救援で2回を投げ6者連続三振―。慶大・江藤省三監督(71=今月3日勇退)も「あんな投手、東京六大学にもいない」と賛辞を贈った。その勢いを持続したまま秋季リーグに乗り込むも、9試合で0勝3敗。優勝した国学院は9勝4敗。国士舘は8勝6敗。結果的には優の乱調が響いた形だが、歩んできた道は決して間違ってはいなかった。

 「甲子園にはファンもたくさん入るし、投げやすそう。楽しみ」。阪神のドラフト指名選手では最下位の6位から“下克上”を胸に誓い、これからも歩みを進めていく。 (13年11月13日付掲載、あすから岩貞祐太編)


 ◆岩崎 優(いわざき・すぐる)1991年(平3)6月19日、静岡県生まれの22歳。清水東では甲子園出場はなし。国士舘大では東都大学リーグ2部ながら3年秋に防御率2位の0・94をマーク。4年春も同3位の1・60を記録した。13年ドラフト6位で阪神入団。1メートル84、81キロ。左投げ左打ち。

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