今では考えられない事態が続出 大混乱の戦前戦後の甲子園とは

[ 2014年8月16日 07:30 ]

<開星・大阪桐蔭>終戦記念日、ベンチ前で黙とうする開星ナイン

 8月15日は終戦記念日。甲子園では、正午になると試合が一時中断されて戦没者への黙祷をささげることが恒例となっている。今年は第1試合と第2試合の間に正午を迎えたため、第2試合が始まる前に黙祷が行われた。

 甲子園と戦争の関係は思った以上に深い。第二次世界大戦が始まる直前からその影響を受けて大会が中止になったり、戦後は野球どころではない状態でも関係者の熱意ある行動によって開催にこぎつけたり、あまり知られていない話がたくさんあるのだ。

◎1941(昭和16)年:本当の理由は明かされずに夏の甲子園が突然の中止!

 第27回大会が行われるはずだった1941(昭和16)年は、日中戦争の戦局が深刻になり、国民生活にも様々な規制が与えられるようになった。7月中旬には文部省から「学生生徒のスポーツの全国大会を禁止する」という通達が出される。各地で甲子園切符をかけた地方大会が行われていた最中だったので、選手たちの落胆ぶりは想像に難くない。

 しかし、実は、その禁止にする理由はハッキリと明かされなかった。これは戦争に絡んだ情報を外部に流さないようにする「防諜施策」の一環によるものだった。本当の理由は、この年の夏、満州で大規模な軍事演習を行うために日本全国で大規模な交通規制を行う必要があり、甲子園とタイミングが重なったために高校球児たちは犠牲になってしまったのだった。

◎1942(昭和17)年:“幻の大会”が開催! ついに戦火の影響が甲子園にも

 日中戦争から第二次世界大戦となり、ますます戦況が激しくなってきた1942(昭和17)年、学生野球界には大変動が起きた。春のセンバツも夏の甲子園も文部省の指令で中止となり、代わりに「青年学校体育大会」が開催された。ユニフォームからローマ字が消えて校名が漢字表記に強制されるなど、次第に戦時色が強くなり、また、主催も朝日新聞社から文部省と学徒体育振興会となったことで、この年の大会の記録は高校野球大会の歴史には載っていない。

 そんな状況下でも高校野球の人気は相変わらず高く、連日満員の観衆が駆けつけた。雨の影響で準決勝と決勝を1日で強行するなど、悪条件のなか優勝したのは徳島商。しかしながら、優勝旗はなく、文部省からの表彰状が1枚渡されただけだったという。その後は、戦況の悪化とともに野球は“敵性スポーツ”とみなされ、そして、この大会を最後に日本の野球大会は全て中止となり、選手たちは自然と野球から離れていった。

◎1946(昭和21)年:暗黒の時代を経て、食料も道具もないなかで大会再開

 日本は1945(昭和20)年8月15日の終戦を迎えた。野球が戻ってきたのは、1946(昭和21)年8月15日と敗戦からちょうど1年後に、第28回の甲子園大会が開催された。この大会は、甲子園球場は米国の占領軍に接収されて使用できなかったので西宮球場で行われた。

 しかしながら、どのチームもバットもない、ボールもない、さらには食料もないという異常な状況。ユニフォームは戦前のモノを真似て選手が自作し、バットはチームに2、3本あれば良いほう。スパイクは普通の靴にサッカー用の靴底を縫い付けて使用したという。西宮球場付近の関西学院大の寮に選手村が作られ、各チームは米などの食料を持参して大会入り。勝ったチームは滞在期間が長くなって食料が底をつくことを心配するなど、現在では考えられない大会だった。

◎1948(昭和23)年:復興へ! 正式名称も変更される

 1946(昭和21)年に実施された学制改革によって六・三・三制の学校体系が確立し、中等学校が高等学校に改称された。これを受けて1948(昭和23)年の第30回大会から「全国高等学校野球選手権大会」と改められた。

 戦後3回目の大会も相変わらずの食糧難、道具不足などは続いていた。出場校のナインたちは甲子園球場のスタンドの下の狭い部屋に寝泊まりし、食料を持ち寄るなど“耐乏生活”を強いられていたが、負けたチームは残った食料を勝ったチームに無償で与えるなど、試合が終われば、敵味方関係なく助け合いながら大会は行われていったのだった。

 戦前から戦後にかけての“激動”の時代、多くの人々が犠牲になり、そして助け合いがあったからこそ、今日の甲子園大会があることは間違いない。8月15日正午に試合を中断して黙祷を捧げるようになったのは1963(昭和38)年から。サイレンの音が真夏の甲子園球場に響き渡り、選手や監督、そしてスタンドの大観衆も一同に立ち上がって黙祷する……。ずっと見てきたこの光景、これからも甲子園大会が続く限り、継続していってほしい。(『週刊野球太郎』編集部)

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