三原脩氏ひ孫・豊南2年生エース 7回2失点完投

[ 2012年7月9日 06:00 ]

<豊南・攻玉社>7回を3安打6奪三振の力投を見せた豊南の2年生エース三原

東東京大会1回戦 豊南9―2攻玉社

(7月8日 府中市民)
 打者の狙いを見透かしたような投球は「魔術師」のようだった。故三原脩氏の血を受け継ぐ豊南の2年生エース右腕・三原浩平が、7回2失点完投でチームをコールド勝利に導いた。

 「普段の投球をしようと思いました。自分の中では良かったです」。初回に1点を失ったが、2回以降は立ち直った。最速132キロの直球にスライダーを織り交ぜて3安打投球。高校入学前、父親から曽祖父が三原脩氏であることを知らされた。プロ野球界で4度の日本一を成し遂げた名将。58年の日本シリーズでは西鉄の監督として巨人を相手に3連敗から4連勝し、今でも名勝負として語り継がれている。

 「ひいおじいちゃんのことは知っていますけど、意識はしていません。ひいおじいちゃんどうのではなく、自分は野球が好きなので」。三原はそう言って自らの投球に集中したが、やはり偉大な曽祖父から受け継いでいた。野球への情熱である。この夏の目標を聞かれると即答した。「てっぺんまで!」。夢の甲子園に向かって投げ続ける。

 ◆三原 脩(みはら・おさむ)1911年(明44)11月21日、香川県生まれ。享年72。高松中では遊撃手として28年の夏の甲子園に出場し4強。早大では67試合で打率.294をマークしたが結婚を機に中退。34年に大日本東京野球倶楽部(現巨人)の契約1号選手となり通算3年で108試合に出場し打率.226。47年から巨人の監督に就任すると、西鉄、大洋、近鉄、ヤクルトの監督を歴任。西鉄で3度、大洋で1度日本一となった。数々の名采配から「魔術師」と呼ばれた。83年に野球殿堂入り。右投げ右打ち。

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