スコットランド初優勝から33年 あの時の「涙」の理由を教えてくれた松山のマスターズ制覇
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【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1988年4月10日。私はオーガスタ・ナショナルGCにいた。マスターズの現地取材はこれ1回のみ。優勝したのは自分より年齢が1つ上だったサンディ・ライル。スコットランド出身の選手としては初めての優勝だったが、日本では選手の国籍にスコットランドやイングランド、ウェールズといった区別はなく「英国」と表記されていた。翌年からはイングランド出身のニック・ファルドが連覇。そして1991年にはウェールズ出身のイアン・ウーズナムが優勝するので日本的には英国勢の4連覇なのだが、その感覚はサッカーやラグビー同様に“世界標準”ではなかったように思う。
ライルが最終日の競技を終えたとき、米国外の報道陣専用の詰め所となっていた建物にスコットランドの伝統衣装、キルトを身につけてシャッターを押し続けていた報道カメラマンが戻ってきた。そのときの表情と彼が口にした言葉を今でも覚えている。
「きょうで自分の人生が終わっても悔いはないよ」
大会3日目まで彼の笑い声が響いていた。声も大きく、タータンチェックのスカートのようなキルトのせいもあって彼がどこにいるのかはすぐにわかった。しかしライル優勝のあと彼は椅子に座ったまま動こうとしなかった。そして泣いていた。「泣いている自分を見てやっぱり自分はスコットランド人だということがわかった」。ライルの周囲にも多くの人が駆け寄っていたが、その姿を長年にわたって撮り続けたカメラマンにも多くの仕事仲間が祝福の言葉を投げかけていた。
ライルの優勝原稿は書いた。しかし原稿用紙(まだパソコンなどない時代)に向き合ったとき、そこに涙が出てくるような感情は湧き出てこなかった。だから水性ペンで記した文字に“魂”はこもっていなかったと思う。他の大会の優勝原稿と変わらぬ私にとっての日常がそこにあった。
今年のマスターズで各ブックメーカーが松山英樹(29=LEXUS)に設定した優勝オッズは41~61倍だった。スポーツ専門局のESPNによれば、これは2016年にPGAツアー未勝利のままマスターズを制したイングランド出身のダニー・ウィレット(当時28歳)に次いで、優勝者としては高いオッズだったという。松山自身はすでにツアーで5勝していたというのになぜそれほど“大穴扱い”にされていたのか…。それは日本人選手が過去のメジャー大会で誰も優勝したことがないという歴史的なデータ?が影響していたのは間違いないだろう。
そしてその歴史がついに書き換えられた。ホールアウトしてクラブハウスへと向かう松山は目を潤ませていた。駆け寄る仲間たちだけでなく、私が取材した1988年に33位に終わっていた中嶋常幸氏(66)はテレビの解説者として声をふるわせていた。同氏はマスターズで最高8位(1986年)の成績を残しているが、メジャーの壁の本当の厚さを知っている1人。だからその涙声は言葉にならずともその思いが伝わってきた。
マスターズは1934年、アマチュアながら全米オープンや全英オープンを制したジョージア州アトランタ出身のボビー・ジョーンズが知人の実業家とともに「オーガスタ・ナショナル招待」として始めた大会だ。その「球聖」と呼ばれた偉大なゴルファーは、その著書「続・ゴルフの神髄(阪急コミュニケーションズ=2008年刊)」の最後にこんなことを記している。
「私はどれほど優秀な選手でも自分と同じようにミスをするものだと最後に確信するまで、自分はミスをするが他人はしないという教えを毎年のように持ち続けていた」
最終日、松山は終盤で追い込まれた。しかし15番(パー5)の第2打を池に落とした直後、今度は12番から4ホール連続でバーディーを奪っていたザンダー・シャウフェレ(27=米国)が16番(パー3)の第1打を池に入れてしまった。松山がジョーンズの“神髄”を知っていたのかどうかはわからない。しかし追い込まれてミスをしても大きく崩れなかったその姿は、マスターズ創始者が語る一流と超一流の境目?を如実に物語っているような気がしてならない。
コロナ渦で社会が暗いムードに包まれ、米国ではアジア系へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加する中でもたらされた松山のマスターズ制覇。ESPNは「ヒデキ・マツヤマであることの重荷がマスターズで消えた」というヘッドラインを掲げたがまさにその通りだと思う。
今日で人生が終わると若干悔いが残るが、泣いている自分の姿を見て、やっぱり自分は日本人だということがよくわかった。そう思わせてくれた彼の健闘に拍手を送りたい。「スコットランド初優勝」の原稿を書いてから33年。やっとあのカメラマンが涙した理由がわかった。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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