昭和天皇がこよなく愛した「名勝負」 昭和50年天覧相撲の「麒麟児VS富士桜」は今も語り草

[ 2021年4月13日 18:43 ]

北陣親方(元関脇・麒麟児)
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 3月1日に多臓器不全のため、67歳の若さで亡くなった大相撲元麒麟児の垂沢和春さんは現役時代、激しい突っ張りとケレン味のない取り口で人気力士だった。同じタイプの富士桜とは、毎回名勝負を展開。あまりに激しい攻防のため、取組後には大きな拍手と歓声が沸き起こるのが「お約束」だった。

 対決の白眉は、昭和50年夏場所中日。天覧相撲での一番だった。回転の速い突っ張りの応酬で、富士桜は口の中が切れるアクシデント。26秒の大相撲の末、麒麟児が上手投げで勝った瞬間、身を乗り出して観戦されていた昭和天皇は手を叩かれたという。翌日のスポニチには、「激しい素晴らしい相撲だった」との陛下のお言葉が報じられている。

 26度の対戦は、麒麟児の17勝9敗。昭和の角界史を彩った名物力士はいなくなっても、好角家の心を熱くした麒麟児の勇姿はいつまでも心に残る。

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