組織を背負う者が見せた最後の戦い はたして貴乃花親方はどのように戦っているのか?
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1702年、赤穂浪士の吉良邸への討ち入りは、浅野内匠頭の弟で後継者でもあった浅野大学(長広)が、本家となる広島藩浅野家に引き取られる(閉門)ことになった時点で最終的に動き出している。大石内蔵助は赤穂城を明け渡しながらも主君の仇討ちではなく「お家再興」の道を模索。一刻も早い仇討ちを望んでいた江戸急進派との調整はさぞかし困難を極めていたと思うが、直前までリーダーとして組織全体のことを考えていた。
米国には1914年と15年に「フェデラル・リーグ(FL)」というプロ野球組織があった。その後“第3のメジャーリーグ(MLB)”と呼ばれるが、それは当時の対抗組織だったMLB(ナショナル&アメリカン両リーグ)の選手に高年俸を提示して次々に引き抜いたから。当然ながらMLB側は面白いはずはなく“我が家”を出ていく選手には圧力がかかった。これを受けてFLはMLBを反トラスト法(独占禁止法)違反で訴えた。
一度は和解。1915年シーズンのあと、MLBがFLの4チーム、FLがMLBの4チームを吸収合併して同一リーグになった。しかしメリーランド州ボルティモアに本拠を置いていたFLのテラピンズは、同じくFLに所属していたミズーリ州カンザスシティーのチームを吸収合併の対象に押し付けられた。その球団は破産寸前。しかも指定された新天地はカンザスシティー。納得できなかったテラピンズのオーナーは単独で再び「反トラスト法」をかざして訴訟に踏み切った。
1922年に連邦最高裁が出した判決は未来の立ち位置から眺めてみると画期的なものだった。「MLBは反トラスト法の対象ではない」。MLBにいまもなお残っている「反トラスト法免除法理」は、皮肉にもFLのオーナーの“蜂起”によって生まれたもの。原告側の敗訴でその意思はかなえられなかったが、組織をつぶされそうになったリーダーが法に基づいて「なんとかしよう」と動いたことは事実だ。
球団という名の組織消滅の危機と直面したチームは枚挙にいとまがない。
現在、ニューヨーク州ブルックリンに本拠を置いているNBAのネッツは、1970年代にNBAの対抗組織だったABAに所属していたチーム。しかし1976年、ABAはNBAに吸収合併され、ネッツはNBAに300万ドル(当時のレートで約9億円)の新規加盟料を払わなくてはならなくなった。もともと興行成績がふるわなかったABA。ネッツにはそんな財源はなかった。組織存続の危機。そして崖っ縁に追い込まれたロイ・ボー・オーナーは当時、豪快なダンクシュートを売り物にして国民的な人気スター選手となっていた“ドクターJ”ことジュリアス・アービングを、多くのファンに非難されながら76ersに金銭との交換で放出して加盟料を調達した。
今季もネッツがNBAに存在しているのは、チームの看板選手をトレードに出すという形を変えた“身売り”で資金を確保するという奇策があったからだ。方法論の是非は別にして、ここにも組織の頂点に立っている人間が苦しんだ揚げ句に汗を流した跡がうかがえる。
貴乃花親方の周囲で騒がれている告発状の真偽はわからない。しかし相撲部屋という組織に所属していた力士たちはすでに荒波の中に放り出されている。当然のことながら「引退」と宣言する前に水面下ではいろいろな交渉を行っていたと思うが、はたして万策尽きての決断だったのだろうか?
ネッツのボー・オーナーのように批判の矢面に立たされても組織を守ったケースもある。はたして守るべきものは何だったのか。それが自分の信念だけだったとすれば、「親」という字が含まれる役職名にはそぐわない。
1709年。将軍綱吉死去による大赦で、浅野大学は旗本となりながらも「お家再興」を果たした。
FLで最も成功したチームだったテラピンズは裁判で敗れてリーグとともに消滅したが、本拠地にしていたテラピン・パークは名前を「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」に変え、現在はMLBオリオールズのホーム球場として残っている。
ネッツはNBAに生き残るためにアービングを76ersに放出したが、子どもたちのあこがれの存在だった“ドクターJ”はNBAで得た新天地でシーズンMVP(1981年)に輝き、ファイナル優勝(1983年)というタイトルも獲得した。
歴史が嘘をつかないのなら、危機に直面した組織のリーダーが最後の局面まで動き続けると、何かが変わり、何かが残る。貴乃花親方もそうであってほしいと思う。前代未聞の引退届。依然として私自身は“待ったなし”の状況ではないと感じているが…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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