西城秀樹さん安らかに…忘れられない“伝説”豪雨の後楽園球場コンサート

[ 2018年12月31日 12:47 ]

79年、台風の影響で土砂降りの後楽園球場で、3万2000人の前で歌い続ける西城秀樹さん
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 2018年も多くの有名芸能人、著名人が旅立った。人生100年と言われる中、まだ63歳だった西城秀樹さんの死去はショックだった。1979年にリリースされ、80万枚超の売り上げを記録した代表曲「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」は、音楽のカテゴリーが多様化した現代でも、誰もが知っている名曲だ。30日の日本レコード大賞でも大賞候補にノミネートされたDA PUMPが歌唱曲「U.S.A.」の最後に「Y.M.C.A.」の振り付けを入れ、インターネット上には「天国の秀樹さんも喜んでる」などのメッセージがあふれた。

 スポニチ紙面では今年の芸能界を振り返る「激動2018」を連載した。今月23日発行の面では秀樹さんを特集。そこに掲載された写真の中で1枚、思い出深いものがあった。メインの写真として使われた、秀樹さんがマイクスタンドを垂直に立てて熱唱している1枚。1979年8月、後楽園球場(現東京ドーム)での野外コンサート「BIG GAME79 HIDEKI」でのものだった。

 実は記者は、後楽園球場でこのコンサートを見ていた。当時は小学生。父親の仕事先からチケットが舞い込んだものと記憶してるが、家族で足を運んでいた。当日は激しい雷雨だった。コンサートが始まると、あまりの雨の激しさに、スタンドの観客は次々と球場を後にした。雨がっぱを着たスタッフが「帰らないでください!」「みなさん、座っていてください!」と絶叫していたのを、いまでも覚えている。大粒の雨と、とどろく雷鳴の中、秀樹さんは熱唱を続けていた。最後まで見た記憶がないので、記者も席を離れたのだと思う。このコンサートは、秀樹さんの数ある公演の中でも“伝説”として語られている。最後までその場にいなかったことを、いまでは後悔している。この写真を見た後、「秀樹さん、ごめんなさい」と天国に向かって手を合わせた。

 秀樹さんとは1対1の対面取材はなかったが、何度か合同で取材する機会に恵まれた。立ち話でも、あの豪雨の後楽園球場について会話ができていれば。心残りだ。

 今年は「YOUNG MAN」が繰り返し流れた。「憂鬱(ゆううつ)など吹き飛ばして、君も元気出せよ」。歌詞の一節だ。2019年もこの歌詞のような気持ちで取材、編集し、記事を届けていきたい。

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