引退しても…安室奈美恵は歩き続ける 自分超える後進育成の可能性

[ 2018年9月17日 04:00 ]

安室奈美恵ラストライブ ジョリン・ツァイ(左)と歌う安室奈美恵
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 安室奈美恵(40)が16日、歌手活動を引退した。同日夜、沖縄・宜野湾トロピカルビーチでは花火ショーが行われ、約3万人が「奈美恵」コールで新たな旅立ちを送り出した。本人はお忍びで一般観覧エリアでショーを見届けたが、公には姿を見せることなく、この日で活動を終えた。平成を彩った歌姫は、今後“私人”としてプロデュース業で大好きな音楽に関わっていく可能性がある。

 現役を引退して私人になった安室は、一般観覧エリアでショーを見届けた。関係者によると、エリア後方の席に着席。浴衣姿で約1時間、周囲に気付かれることなく、ファンと同じ目線でショーを最後まで楽しんだ。

 ただ、公には姿を見せることはなかった。深夜に公式サイトで「実りある25年間をファンの皆さんと過ごせた事、応援してくださり、支えてくださった事、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。25年間ほんの一瞬でもファンの皆さんの心に寄り添える歌手でいられたなら嬉(うれ)しく思います」とお別れのメッセージを発信。デビュー日の9月16日に活動を終えた。

 ショーでは自身のヒット曲に合わせて1万2000発の花火が打ち上げられた。6月3日の東京ドーム公演のライブ音源で「最後は笑顔で。みんな元気でねー。バイバーイ」と叫んだ言葉が最後の締めとなった。

 ビーチの観覧エリアや近くの宜野湾海浜公園には約3万人がごった返しショーを見入った。那覇市の平良那津子さん(35)は「安室ちゃんにプレゼントをもらった」と涙。奈良県の枡田舞さん(37)は安室が公に姿を見せなかったことに「一目見たら“嫌だ”って送り出せなかったかもしれません」と理解を示した。

 私人となった安室は今後、どうするのか。予想されるのはプロデュース業だ。関係者によると、安室は数年前からアーティストのプロデュースに強い関心を持っている。引退後に当面休養した後、プロデューサーとして新たにスタートし“第2の安室”を育てる可能性がある。

 安室は「Say the word」(01年)などを作詞したことがあり、関係者は「メッセージ性の強い詞を書く人。プロデューサーに向いていると思う」と話す。スポニチ本紙の取材では、本人のものとは世に知られていない“隠しペンネーム”で楽曲制作をしたこともあり、その名前を使って極秘でプロデューサーデビューすることが考えられる。

 安室は引退発表後、「私がステージに戻ることはありません」「こうしてステージに立つことはありません」と、身を引くのはあくまで表舞台であることを強調してきた。かつて小室哲哉氏(59)のプロデュースで世に羽ばたいたように、自身も裏方として後進の育成に励むのか。自身を超えるディーバを育てるのか。安室の行く末が注目される。

 【安室奈美恵 メッセージ全文】

 ファンの皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。わたくし安室奈美恵は、本日16日をもって引退致します。

 昨年引退を発表させていただいてからこの1年、1日1日を大切に過ごさせていただきました。引退という選択をした私に対し、ファンの皆さんにも色々な感情があったかと思います…

 それでも、最後は笑顔で送り出そうと思ってくださるファンの皆さんの優しさに心から感謝しています。実りある25年間をファンの皆さんと過ごせた事、応援してくださり、支えてくださった事、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。「ありがとうございました。」25年間ほんの一瞬でもファンの皆さんの心に寄り添える歌手でいられたなら嬉しく思います。

 応援してくださったファンの皆様、「25年間ありがとうございました。」安室奈美恵(原文ママ)

 ◆安室 奈美恵(あむろ・なみえ)1977年(昭52)9月20日生まれ、沖縄県出身の40歳。那覇市内のダンススクールで発掘され「スーパーモンキーズ」を結成。92年に「ミスターU.S.A.」でデビュー。ソロ活動を本格化した95年に小室哲哉氏をプロデューサーに迎え、96年「Don’t wanna cry」で史上最年少で日本レコード大賞を受賞。その人気は「アムラー」の流行語で社会現象になった。NHK紅白歌合戦に95〜03年に9度出場。17年には「特別出演歌手」として出場した。

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