【柳沢慎吾のひとり甲子園“再現動画”】KK支えたPLの人文字+魔曲

[ 2018年7月30日 09:00 ]

PL学園の人文字を1人で表現する柳沢慎吾
Photo By スポニチ

 アルプススタンドで躍る巨大な人文字。あれを見ると、甲子園が始まったって感じるよ。春夏通算7回優勝のPL学園(大阪)が1962年のセンバツで披露したのが元祖といわれてる。

 最初は「P」とか簡単な文字だった。改良を重ねて「PL」から「GO」「打て」と一瞬で変化するなど、どんどんパターンが増えた。当時からコンピューターを駆使していた“ハイテク応援”だった。90年代に入って、大阪桐蔭(大阪)が人文字を進化させていった。今や文化だね。

 彦根東(滋賀)が、赤色で武具を統一した井伊直政の精神「赤鬼魂」を受け継ぎ、スタンドを真っ赤に染めるのも伝統を感じる。「広島カープ」を超えたといわれる応援は迫力十分。人文字といい、向かい合うスタンドで個性がぶつかり合う“アルプス席の熱闘”は本当に面白い!

 たまに試合で熱くなり過ぎることもあるけど、それは真剣に戦っているからこそ。89年の東亜学園(西東京)―上宮(大阪)。8回裏のチャンスに上宮の4番・元木が放ったライナーがアウトに。その時、元木が何に怒ったのか「何じゃコラ!」とブチ切れた。あれは衝撃だったね!この前、本人に言ったら苦笑いしていたよ。

 PLは人文字だけじゃなく、ブラスバンドもかなり個性的。「ウイニング」「ヴィクトリー」という応援曲が定番(※文末の動画<1>参照)。テンポがゆったりしていて、異様な雰囲気。この曲が聴こえてくると、相手チームは脅威を感じるんだ。

 桑田、清原のKKコンビ最後の夏。1985年決勝のPL―宇部商(山口)。あの日もアルプススタンドには「PL」「打て」の文字が浮かび上がり“勝利の魔曲”が流れていた。1点リードされた6回裏、清原がこの日2本目の同点弾。アナウンサーは「ホームランか、ホームランだ。恐ろしい。清原、両手を上げた。甲子園は清原のためにあるのかぁ!」。あの実況は忘れられないね(※文末の動画<2>参照)。

 桑田さんと対談させてもらった時「野球の神様は見てる。練習はウソをつかない」と言っていた。「魔物が棲んでいる」ともね。たった1球、この1球で変わるのが甲子園。すべてを知り尽くした桑田さんの言葉だから、本当に重みがある。

 4連投で肩が上がらない桑田、それを救った清原。4―3で宇部商を下して有終の美を飾った、まるでドラマだった。いまだに清原の通算13本塁打、桑田の通算20勝の記録は破られてない。KKコンビを支え続けた人文字。16年に休部して「逆転のPL」が見られなくなったことが残念でならない。

 ▼KKコンビの甲子園 1年夏(83年)から3年夏(85年)まで5季連続出場。成績は優勝、準V、準V、4強、優勝。

 ▼上宮1―0東亜学園(89年2回戦)8回に上宮が均衡を破る。1死二、三塁で元木は右直。続く岡田の右前打で決勝点。

続きを表示

この記事のフォト

2018年7月30日のニュース