無意味に思えるプロ野球審判員のキャンプ練習 ルーキー審判員が衝撃受けた「無駄」という言葉

[ 2023年2月17日 20:54 ]

ソフトバンクキャンプで、打球に対する動きを練習する戌亥審判員(左)と東シニアディレクター兼スーパーバイザー(撮影・柳内 遼平)
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 記者は11年から16年までNPB審判員を務めた。1年目のシーズンだった11年2月、最初の仕事として配属されたのが宮崎・ソフトバンクキャンプだった。まだ20歳だった私。審判員の指導を担当する林忠良技術委員(当時)からこんな言葉をかけられた。

 「審判の仕事は無駄の繰り返し。毎日、球場に行って“ストライク”“ボール”を繰り返して、繰り返して、繰り返す。10年、20年、30年、無駄の繰り返し。これが審判員の仕事や」

 「審判の仕事は無駄なのか…」。夢を抱いて飛び込んだ世界で、いきなり面食らった。その時は言葉の真意も分からなかった。それから12年が経った今年、スポニチの記者として宮崎のソフトバンクキャンプを担当。選手とともに技術向上に励む審判員の姿を見ると、あの時の言葉に違った味わいが出てくる。

 開幕に向けて調整する選手と同じく、審判員もキャンプに参加する。ソフトバンクキャンプには深谷、牧田、須山、鈴木、戌亥の5審判員が帯同。目的としては(1)シーズンを戦い抜く体力づくり(2)投球のスピード感に慣れるための目慣らし。(3)チームへのルール共有、がある。その中で最も重要なのが(2)。審判員の目にも「シーズンオフ」がある。毎週のように球審を務めるシーズン中とは異なり、オフシーズン明けの目では投球についていけない。当然、判定精度は低くなる。キャンプ中は毎日、ブルペン入りし、一気に「シーズンの目」に仕上げていく。

 打撃練習やピッチング練習を行う選手と違い、審判員の練習は地味で面白みはゼロ。グラウンドで「アウト」や「セーフ」のジェスチャーを練習したり、打撃練習のケージに入って捕手の後方で「ジャッジ」したりする。打撃投手の投球はほとんど「ストライク」で打者がどんどんはじき返していくため判定を下す機会もほとんどない。無意味な練習にも思えるが、ちゃんと理由はある。打者が打った瞬間、目をつぶらないための訓練だ。インパクトの瞬間、目をつぶってしまうと打球を見失い、誤審にもつながる。声も出さずジェスチャーもしないが、シーズン中の「ミスジャッジ」を防ぐため、人知れず努力を重ねている。

 何もトラブルが起きずに試合が終わる。審判員にとってこれ以上の喜びはない。完全な黒子に徹することを全審判員が目標にしている。判定による波風が立たず、選手のプレーに観客が熱狂する。そんな試合の時は一見、「無駄な存在」にも見えるだろう。「そんな仕事ができるようになれよ――」。林技術委員の言葉には、エールが隠されていたのかもしれない。(アマチュア野球担当・柳内 遼平)

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2023年2月17日のニュース