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新庄ビッグボスの“奇跡”独占秘話 04年キャンプでのアーチ、直撃した少年の未来を救っていた

[ 2022年1月26日 06:00 ]

新庄の打球が小学生を直撃したことを報じる04年2月3日のスポニチ東京版1面
Photo By スポニチ

 そのアーチは、一人の少年の未来を救っていた。日本ハム・新庄剛志監督(49)がメジャーから日本球界に復帰した04年、沖縄・名護春季キャンプのフリー打撃で放った柵越えのボールが、小学生の股間に直撃。その当事者だった亀里涼太さん(28)が、25日までにスポニチ本紙の電話取材に応じた。その後に起きた「奇跡」について明かし、監督として戻ってくる今年の名護キャンプを心待ちにした。

 あれから18年。当時小4だった亀里さんは、その出来事を「もちろん覚えています。あれはやっぱり、奇跡的だったので」と笑みを交えて振り返った。

 04年2月2日は月曜日。学校は学芸会の振り替え休日だった。「新庄選手が来ているから行こうぜ」と野球仲間とともに、名護市営球場(現・タピックスタジアム名護)の左中間スタンドに陣取っていた。他の打球を目で追っていると「ドン」と衝撃が。背番号1が放った柵越えの打球が股間に直撃したのだ。

 「人がいなければ号泣でしたね」というほど痛かったが、笑顔で報道陣の撮影に応じ、仲間には「チン太」とあだ名を付けられた。おわびに本人からサインをもらい、本紙を含め各メディアが大きく報道。しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。

 念のため、1週間後に病院で検査を受けたところ、ある病気が発覚した。「大腿骨頭すべり症」という、股関節の骨がずれて歩行が困難になる病気。ただ、不幸中の幸いは早期発見だったことだ。

 「運命というか、神様が“病院に行け”と言っていたのではないかと。病院の先生には“あと少し来るのが遅かったら、一生車いす生活だったよ”と言われました」

 右股関節を手術し、リハビリを経て2年後に回復したが、右側をかばって歩いていたことで左側も発症。同様に手術し、合計4年がかりで完治した。リハビリの間は、病室にサインを飾り「パワーをもらった」という。中2でスポーツの許可が下り、仲間や先生には「おまえ、歩けているんだな」と泣いて喜ばれた。野球部では一塁を守り、持ち前の愛きょうと明るさも武器に、副主将も務めた。

 亀里さんは高校卒業後、名護市内で運送会社に就職。トラックの運転手を務めている。05年以降も名護キャンプを訪れており、コロナ禍の前に参加した飲み会でも「チン太」トークは「百発百中でウケる」鉄板ネタ。サインと同様、18年前の新聞も大事に保管している。新庄監督の誕生は、市内でも話題の中心だそうで「沖縄にまた来てくれないかなと思っていたところだった。(地元は)だいぶ盛り上がっています」と興奮気味に話した。

 沖縄県ではいち早く「まん延防止等重点措置」が適用されているが、「ルールを守って、行ってもいいとなれば行きたい。直接(対面)は難しいかもしれないですが、感謝を伝えたいですね」と目を輝かせる。本人も知らない奇跡のストーリーの立役者は、監督となり、06年以来16年ぶりに名護キャンプに帰還する。ビッグボスが新たなミラクルを起こすか。(清藤 駿太)

 ≪おわびにサイン≫▽新庄の04年2月2日 フリー打撃の27スイング目が左中間席に届くと、左中間席から亀里さんの「うぎゃ!」という叫び声が漏れ、一時騒然。そのハプニングに気づかなかった新庄は、エアテントで打ち込んだ後、球場に戻る際に女性から「この子に当たったんですよ」と声を掛けられると、きびすを返した。「ごめん、大丈夫?」と亀里さんの頭をぽんぽんと叩き、色紙にサインしてプレゼントした。

 ≪10万人に数人≫▽大腿骨頭すべり症 太腿の骨の股関節側である大腿骨頭が後方にずれる病気。骨が成長する部分である「骨端線(こったんせん)」が成長盛んな時期には強度が弱いため、この部分が後方にすべってしまうために起こる。思春期の子供、特に男児が10~15歳、女児が9~13歳で発症しやすく、内分泌系(成長ホルモンや性ホルモン)の異常が原因とされるが定かではない。また転倒などの軽い外傷や、肥満による体重増加も一因とされる。10万人に数人が患う。

 ≪新リストバンドに時計台イラスト≫新庄監督が、自身のインスタグラムに代名詞の赤のリストバンド画像を投稿した。札幌市の観光名所の一つ、時計台のイラストが入ったもの。一つは金色で描かれた。野球ユニホームの製造・販売を手がける「イウジン」が製作したとみられ、「イウジンさん有難う御座います(原文まま)」とつづった。

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