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【内田雅也の追球】原点に回帰する「聖地」 女性と子どもへのやさしさを備えた甲子園プラス

[ 2022年1月26日 08:00 ]

「甲子園プラス」にできるバッティングコーナーのイメージ(阪神電鉄提供)
Photo By 提供写真

 3月3日開館と発表になった甲子園球場南側の新施設「甲子園プラス」のコンセプトは<野球・スポーツ振興の場>と<地域の憩い・子育て・学びの交流拠点>だという。阪神電鉄が目指すのは<365日にぎわいのある「ボールパークエリア」><「スポーツ」をテーマにしたまちづくり>とうたっている。

 1階は<ファミリー層を中心に人気の飲食店>が並び、<野球がもっと好きになれる場所>の野球専門店が入る。<日本初>だという甲子園球場を再現したシミュレーション野球施設はピッチング、バッティングに加え、トスバッティングも体験できる。野球初心者にも配慮した形だ。

 リニューアルする甲子園歴史館も阪神選手の道具に触れたり、選手と一緒に写真撮影できたりと体験型の施設ができる。
 発表資料を読むと<子ども向け><ファミリー層><若年層>……と子どもや若者を取り込もうとする意識が見える。

 少子化や「野球離れ」が叫ばれて久しい。甲子園歴史館は2010年3月開設から昨年8月休館まで来場した、のべ132万人を世代別にみると40~60代が多かった。同館担当者は「従来、玄人向けだった施設に、野球初心者の方々にも親しんでもらえるようにしたかった」と話した。<野球文化の振興><野球ファンの裾野拡大>という目的に沿い、新しい甲子園像を模索していた。

 ただ、それは甲子園建設当時に目指した姿にほかならない。プロジェクトを指揮した阪神電鉄専務・三崎省三は1924(大正13)年8月1日、開場式で「皆さん、この甲子園大運動場は日本一であり、東洋一でございます。私はここをスポーツのメッカにしたいという夢を持っております」と語っている。三崎の四男・悦治が書いた小説『甲子の歳』(ジュンク堂書店)にある。

 三崎のあいさつの後に行われたのは阪神沿線の小学校150校の学童2500人による体育大会だった。後に大鉄傘を設けたのは日焼けを案じる女性への配慮だった。甲子園は初めから子どもや女性にやさしかった。

 周辺にテニス「百面コート」、大プール、陸上競技場や水族館、遊園地など娯楽施設も建設した。

 老若男女が集う街づくりは、かつて目指したメッカ(聖地)のあり方でもある。甲子園は新しく生まれ変わろうとし、そして原点に返ろうとしていた。 =敬称略=
 (編集委員)

 ▽甲子園歴史館 1924年開設の阪神甲子園球場の歴史、春夏の高校野球、阪神タイガースの歴史を後世に伝える博物館として2010年3月14日、球場外野スタンド内に開館。昨年8月でのべ132万人が来場。昨年9月から休館。今年3月に球場南側の新施設「甲子園プラス」に一部移転拡張し、リニューアルオープンする。

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