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和歌山東 10年4月に軟式から硬式に移行 米原監督がゼロからつくり上げた「魂の野球」聖地で開花の時

[ 2022年1月26日 05:30 ]

センバツ出場校28日発表

昨秋の和歌山大会で智弁和歌山に勝利した和歌山東ナイン

 【春に駆ける(中)】ゼロからつくり上げてきたものが、ついに花開こうとしている。和歌山東は昨秋の和歌山大会準決勝で昨夏甲子園覇者の智弁和歌山を撃破し、準優勝。続く近畿大会でも快進撃を演じて準優勝し、今春の選抜出場に当確ランプをともした。

 10年4月に軟式から硬式に移行。07年に県和歌山商(現・和歌山商)を70年ぶりの選抜出場に導いた米原寿秀監督が創部と同時に赴任してきたことで、時計の針が動きだした。

 11年からグラウンドの改修工事に入り12年に完了。創部当初は草が生い茂り、とても野球ができるような状態ではなかった。指揮官は県和歌山商時代の教え子・南昌輝氏(現ロッテプロスカウト)が寄贈してくれたトラクターで整備を進めた。熱心な部員も少なく、問題児も多かった。赴任した年の3年生1人は最後の夏まで全うできたが、7人いた2年生は1人、12人いた1年生は2人しか残らなかった。だから発想を変えて生徒に接した。

 「守備練習は集中力が持たない。8割は打撃練習。とりあえず、ずっと打たせる。打つことって、みんな楽しいでしょ」。就任2年目の春には1年生18人が入部。多少のミスは許容し、野球の楽しさを植え付けることで徐々にチーム力は向上した。その学年が最上級生になった13年夏に初めて県4強入りし、以降は強豪の一角を占める。19年、OBの津森宥紀(東北福祉大)がソフトバンクから同校出身者として初のドラフト指名を受けたことも追い風となった。そしてついに、激戦区・近畿で結果を残した。

 指揮官が掲げるのは「魂の野球」。昨秋、智弁和歌山戦の前日にミーティングで初めて伝えた。「この代は成功体験が少なく“これくらいでええやろ”という子が多かった。だから魂を呼び戻してほしいなと。やればできるんです」。ベンチにも魔法の4文字を書いた紙を貼り、奮起を促す。「弱者で伝統もない学校やから何でもあり。セオリーも無視。この子たちが一番、力を発揮できる野球をしたい」。お笑い芸人のティモンディ・高岸宏行ばりの「やればできる」の魂で、まずは28日の吉報を待つ。(北野 将市)

 《なるか公立校初出場V》選抜では1934年東邦商(愛知)から、直近の2004年済美(愛媛)まで過去16校が初出場初優勝(第1回の高松商除く)を飾っている。そのうち50年韮山(静岡)、53年洲本(兵庫)、88年宇和島東(愛媛)、95年観音寺中央(香川)など9校が公立校。また初出場の公立校が初戦突破なら18年乙訓(京都)、8強なら16年明石商(兵庫)、4強なら09年利府(宮城)、決勝進出なら06年清峰(長崎)以来となる。

 ▽和歌山東 1974年(昭49)、和歌山市に開校された県立校。普通科のみの設置だが、2年次から商業科目を学ぶビジネスコース、体育・芸術・家庭分野を学ぶクリエイティブコース、文系・理系に分かれて学ぶアカデミーコースの3つに分かれる。剣道部、フェンシング部、レスリング部も強豪。主な卒業生は津森宥紀(ソフトバンク)、田中将斗(プロレスラー)ら。

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