潜入!中田翔の元チームメイトが教える野球スクール 数学なら公式、「基礎」にこだわる理由とは?

[ 2021年11月8日 12:47 ]

「子どもたちと一緒になって僕も成長したい」と語る「BT野球スクール」の生島峰至さん
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 2007年の大阪桐蔭高校のメンバーをよく覚えている。巨人の中田翔が天才投手&怪物打者として君臨し、西武の岡田雅利は走攻守が揃った捕手で、当時からナイスキャラだった。1学年下の楽天・浅村栄斗は、ミート力がずば抜けていた。

 10年以上経っても記憶に残っているのは、当時、中田の高校通算本塁打が脚光を浴び、毎週のように取材に訪れていたからだ。

 6番を打っていた生島峰至さん(32)もよく覚えている。左の強打者。きれいな打撃フォームから高校通算33本塁打を放った。同大、西濃運輸へ進んで活躍した。

 その好選手が、野球スクールを始めたと、最近になってSNSの通知で知った。しかも、表示される数十秒のワンポイントレッスンの中身が濃い。上達の手助けになるようなことを、小学生でも分かるように説明している。11月初旬、大阪府豊中市の室内練習場「ベースボールタイム」で開く野球塾「BT野球スクール」を訪ねた。

 4年生までのクラスのレッスンは、減速せずにベースランニングをする方法、ゴロ捕球の入り方、正しい送球のステップなどで、バッティングは置きティーを振っていた。みんな形がきれい。体を思うように扱えない小学生は、個人差が大きいはずだが、どの子どもも下半身の使い方がうまかった。

 「体重がどこに乗ると、下半身が使いやすく、逆に使いにくいか。それによって力の入り方も変わる。そういった話を子どもたちにします。あと、体って、器用に動かせる場所も決まっています。例えば、ひじ。今、ひじを曲げて字を書いていますよね」

 メモを取る私を見て、一例を示してくれた。ひじを伸ばしていたら書きにくい。打撃も同じだ。打つ前に伸びていたら当てにくいし力も入らない。日常のワンシーンに例えて、子どもたちに納得してもらうのが、生島さん流の教え方だ。

 子どもの指導に興味を持ったのは、社会人野球の晩年だそうだ。外野手一本で生きてきたが、一塁手の層が手薄のため、28歳で初めて内野を守った。未知のポジションへの挑戦にあたって、西濃運輸の現コーチでもある大野正義さんが先生になった。

 送球のステップ、捕球姿勢、グラブを降ろすタイミング、体重のかけ方など、基礎の基礎から教わった。子どもでも取れるような緩いボールで「型」を、体に染みこませた。ノックを受けるよりも、形づくりに大きなウエイトを置いた。数学に置き換えるなら、公式を覚えるイメージ。公式が身に付いていなければ、ノックや試合という名の応用問題は解けない。はたと気付いた。

 「これってもっと早い段階からすれば、いいのではと思いました。社会人でも、プロでも、こうした基礎をやるんです。だったら、小中学生から始めて土台を作っておけば、体が大きくなったときにスピードが出て、やれることがもっと増えると思うんです」

 後に、高校時代の同僚、中田翔の自主練習を見学した際に、捕球姿勢を繰り返し確かめる守備練習を見て、「一流でもやっていることは変わらない」と、自信を深めた。

 18年に社会人野球の現役生活を終え、社業に就いていた西濃運輸も20年4月にやめた。30歳での決断は、名古屋市内で野球スクールを開くためだった。旧知のトレーナーにアドバイスを求めるなど、技術だけでなく体の使い方の知識を広めた。

 ところがコロナ禍で全てが狂った。オープン予定だった施設から使用不可を告げられ、慌てて、防球ネット、打撃マシンの業者に、キャンセルの電話をした。子ども2人を抱えるシングルファーザーは、人生の岐路に立たされた。

 「本当に大ピンチでした」

 お先真っ暗から抜け出せたのは、SNS全盛の時代だからだ。野球スクールに来る予定だった子どもたちに、オンラインでレッスンをした。評判は広がった。ある日、見知らぬ人からSNSにメッセージが届いた。

 「“野球スクールが開けるスタジオを大阪で立ち上げたい。そこに関わってほしい”と声をかけてくれたんです。僕は知らなかったのですが、高校時代から応援してくれた方でした」

 どん底に光りが差した。20年7月に「BT野球スクール」を開き、今に至る。週に2回、小中学生30人を教える。その他にオンラインで全国の選手や指導者の個人レッスンをし、専門学校(日本プロスポーツ専門学校)でもコーチを務める。多忙な毎日だ。

 レッスンの合間に、保護者に話を聞いた。

 「チームでは教えてもらえないようなことばかりで、基礎が身に付いて、すごく上手になりました」

 「うちの子どもは、習い事の中で一番楽しいと言って、週二回のここを楽しみにしています。技術的にこれって正しいのかな、という親や子どもたちの悩みにも、いつも丁寧にLINE(ライン)で対応してくれます」

 評判は上々のようだ。1時間かけて通う子もいる。小4の生徒が、嬉しそうに近付いてきた。

 「おれ、昨日、三塁打と二塁打とホームランを打ってん。ここに来て、うまくなってん」

 ネット社会で、誰もが様々な情報に触れられるようになった。保護者、選手の野球の知識は確実に増えている。その結果、世間には「お金を払ってでも、いい指導を受けたい」という声がこれまで以上に多くなり、野球スクールの需要にもつながっているように感じる。「1週間や2週間で結果が出ることはない。だから、結局、長い目で見て教えるしかないんです」という信念を持つ生島さんのように、将来まで通用するような基礎を教えるスクールは、特にニーズがあるだろう。

 しかし、所属チームと野球スクールで教えることが違えば、混乱するのは子どもたちだ。生島さんもそれを一番恐れる。

 「オーダー用紙に名前を書くのは、チームの監督です。技術的にうまくなっても、試合に出ないと意味がないので、結局、指導者が理想とするプレーをできる選手にならないといけない。そうなるように、サポートをするのが僕の仕事」

 生徒が所属チームで怒られれば、「ありがたい話をもらったね」と一緒に受け止め、なぜか、どう改善すべきか、を寄り添って考える。なるほど。どうりで、子どもたちが元気いっぱいかつ、真剣に取り組むわけだ。(記者コラム・倉世古 洋平)

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