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木下雄介さん追悼試合 中日・京田が男泣きの適時打 投手陣の仲間も零封リレーで応えた

[ 2021年9月6日 05:30 ]

セ・リーグ   中日2ー0DeNA ( 2021年9月5日    甲子園 )

<中・D(18)>お立ち台で感極まって涙する京田(撮影・椎名 航)
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 不屈の魂を体現した。中日は8月3日に急逝した木下雄介さんの追悼試合に全員が背番号98のユニホームを着用して臨み、天国に白星をささげた。

 「雄介さんとは家族ぐるみでよくしていただき、お世話になった先輩。何とか勝って良い報告をしたかった」

 木下さんのイラストが入ったTシャツに着替え、お立ち台に上がった京田は真っ赤な目で勝利を喜んだ。福留の適時二塁打で均衡を破った8回、なお2死二塁から左翼線へ適時二塁打。「ファウルかなと思ったが、雄介さんがいいところに落としてくれた」。二塁ベースをたたき、感情を爆発させた。

 16年ドラフトの同期入団で誰よりも親交が深く、試合前の追悼セレモニーでは、木下さんの家族とともにマウンドに献花し、黙とう。長女・叶望(かの)ちゃん(4)、長男・志厳(じげん)くん(2)の始球式にも寄り添い、早すぎる死を悼んだ。

 ブルペンの仲間だった投手陣も無失点で思いをつないだ。田島は6回を打者3人で抑えた後に喪章を握り締め、8回1死一、二塁を切り抜けた又吉は天を見上げた。7回に投げた祖父江は木下さんのユニホームを手に勝利の列に並び、与田監督は「ご遺族がお越しの中で、素晴らしい試合をお見せできて皆よく頑張ってくれた」とうなずいた。

 9月5日は1年前、木下さんがヤクルト戦でプロ初セーブを記録した日だった。京田は「これからも雄介さんと一緒に戦っていく」と決意。木下雄介という投手は選手、ファンの心の中で永遠に生き続ける。

 ○…木下さんは速球派の救援投手として期待され5年目の今季は開幕1軍入りを有力視されていた。3月21日のオープン戦で投球した際に右肩を脱臼。4月に右肩と右肘の手術を受けリハビリに励んでいた7月6日にナゴヤ球場で倒れた。緊急搬送され入院。8月3日に27歳の若さで息を引き取った。

 ▼木下さんの家族(球団を通じて)追悼試合を行っていただき、ありがとうございました。本人も喜んでいると思います。

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